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第49話 恋バナ
初恋、じゃないんだけど。
一応、初恋は小六の時にクラスの女の子、だったんだけど。んで、中学、高校と彼女もいたし。
だから、違うんだけど。
でも、確かに――。
「桜介さんって、初恋いつ?」
確かにって、思って、そしたら、ふと、気になった。
「ひへっ?」
「初恋」
桜介さんの初恋が。
真っ赤だ。口を「わ」の形にして、目を大きくさせた。
「あ……中学、の時のクラスメイト」
へぇ。そうなんだ。中学生の桜介さん。どんなだったんだろ。今みたいに真面目なのかな。
「席が隣で……」
そう、ポツン、って桜介さんが「初恋」を教えてくれた。
今日は、夕飯を一緒にどこかで食べようかって話して、じゃあって、ちょっと気になってた近所の小さなカレー屋に来たんだ。スーパーに行く途中に一階が店舗になってるタイプのマンションのところにあるんだけど。通る度にバターの香りとか、カレーの香辛料の香りがして、いいなぁ、美味そうって思ってた。個人経営のカレー屋で、すごく気になってて、けど、お店の出入り口が暗くて、それと観葉植物が生い茂っててさ、ちょっと入りにくかったんだ。
「ふーん」って眺めるだけだったんだけど。
桜介さんに行ってみたら「じゃあ、入ってみましょう!」って、スッと入ってちゃうから。
意外だよね。
まぁ、この人はけっこう色々予想外なんだけどさ。
冒険するタイプっていうか。安全第一っぽく思うけど、そんなことなくて、なんでもやってみよう精神があるっていうか。
「明るくて、すごく人気のある男子で」
お店は夜にはカレーもやりつつ飲み屋になってた。店長さんがインドの人で、メニューはもちろん日本語で書かれてるんだけど、その下に英語とインド語が一緒に並んでる。本格的なお店だった。
カレーはもちろんめっちゃ美味い。
インドのビールも……とりあえず、一回試してみたけど、ビールはビールだった。苦い。ごめん。
そのあとは甘い系のサワーにしてる。
あとサラダにかかってたドレッシングもカレードレッシングでびっくりするくらい美味かった。
「僕、もちろん、全然、静かな生徒っていうか地味で。そんな僕にも気さくに話しかけてくれて」
今はお腹がいっぱいだけど、豆のカレー炒めっていうおつまみを食べながら、のんびりしてる。
お店の中はいい感じ。エスニック風にしてて、ソファ席に案内してもらったから、ゆったりできるし、なんかリビングでのんびりしてる雰囲気がしてさ。あと、天井がエスニック模様になってるの、すごい。改装してあって凝ってる。天井って、あんま気をつけないっていうか、壁とかよりも視界に入ること少ないからさ。けど、天井に雰囲気が出てると、「お」ってなる。
「もちろん、全然、好きですとかは言えなかったんだけど。あ、でも、一緒に帰ったことがあって」
「へぇ」
「その時はドキドキしちゃって。歩き方がちょっと変になっちゃって、その子が笑ってて」
「……」
そう、にこやかに話してくれる。ほんのり頬が赤いのは、お酒なのか、その男子のことを思い出してなのか。
「背が高くて、サッカー部だったよ。だから高校はサッカーの強い私立に推薦で入って。そのあとは、」
自分で訊いたくせに。
「翠伊くん?」
ほら、桜介さんだって、不思議そうにしてるじゃん。
まるで話を遮るように、手を繋がれて。
「その男子のことはずっと片思い?」
「あ、うん」
「中学一年の後半からずっと」
ずっと、なんだって。
「卒業してもしばらくは、そのメッセージのやり取りとかしてて」
え、そうなんだ。
「一回、高校の時に試合観にくる? って言ってもらったんだけど」
え、マジで?
ねぇ、それって脈あったんじゃん?
「僕、なんか戸惑っちゃって。サッカーのことなんてわからないし。それで断って……気分害しちゃったみたいで、そこからは段々連絡がなくなって……」
それ、きっと気分害したんじゃないよ。桜介さんにフラれたって思ったんだと、思うよ。
「あの時、サッカー観に行ってたら、まだメッセージのやり取りしてたかなって、しばらく思ったりもして」
メッセージどころじゃないと思うよ。きっと、もしかしたら付き合ってたかも。だって、一緒に帰ったことあったんでしょ? 静かな生徒だった桜介さんと、賑やかで人気者だったその男子。きっと、絶対に。
「だからっ、次、好きになった人にはちゃんと行動していこうっていうかっ」
好きだったよ。
「だから、翠伊くんのことっ」
よかったけど、よくなかったな。
桜介さんの初恋がなかったら、きっと、その時に戸惑って引っ込んじゃったまま、片思いのままで済ませてただろうから。そしたら、あの風の強い日に洗濯物は飛んでこなくて、話すこともなくて、俺が家庭教師をすることもなくて。
「あ、あのっ、翠伊くんの初恋は?」
この恋は生まれてなかった。
「いつ、だったのっ?」
だからよかったけど。
よくなかった。
「……今」
「え?」
「今、だよ」
「……」
桜介さんの初恋に、笑っちゃうくらいに妬いてる。
「今、桜介さんとしてるのが初恋」
「……でも」
今すぐ、貴方のことを独り占めしたくてたまらないくらいに、その男子に。
「そろそろ帰ろっか」
妬いてる。
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