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第50話 オオカミとトイプードル、強いのは?

 自分から訊いたくせにね。 「あのっ、でも、翠伊くんは今までに彼女さんが」  カレー屋さんを出て帰宅する俺の少し早い歩調に、少し慌てながらついて来てくれる桜介さんも、ほら、不思議そうにしてるじゃん。  初恋の意味がもしかして分かってないのかなって。  ね、妬くなら桜介さんのほうが俺の今までに妬くと思うよ。片想いをしてくれていた桜介さんの気持ちに全く気が付かずだったじゃん。女の子と付き合ってるそんな俺をずっと見てたんだから。けど、桜介さんは大人だから、そういうのしないんじゃん? 俺がガキっていうかさ。 「翠伊くん? あの、それに、どうして急にそんなこと」  気になったんだ。桜介さんの初恋が。  ただそれだけだったのに、知ったら、こんな気持ちになるなんて。 「! あっ、あの! 僕は、翠伊くんとしか経験ないけど! でも、あのっ、さして上手じゃないけど! でも、その分これからだと思うからっ。ああの、えっと、全然、まだ初心者だけど、今夜こそは! 僕がっ」 「桜介さん」 「は、はいっ」  本当、ガキ、だよね。 「ここ、まだ外」 「あ!」  貴方の初恋が俺じゃないなんて、当たり前じゃん。そんなどうしたって届かない過去に妬いたりして。  一生懸命に俺のことが今好きって伝えてくれることに、めちゃくちゃ安堵したりして。 「っぷ」 「ごめっ」 「桜介さん」 「は、はひっ」  貴方が俺を好きって、言ってくれるだけで、なんか満足したりして。 「今夜、するつもりだった?」 「え! あっ、違っ、あっあのっ」 「違う?」 「ち…………が、わ……ない」  貴方が今夜、するつもりでいてくれたってことに上機嫌になったりして、本当にガキ、だよね。 「す、すすすすす、翠伊くん」 「うん」 「……こ、こんばんは」  ひょこって、バスルームから出てきた桜介さんの、かわいい挨拶に思わず笑った。 「こんばんは」 「あ、あのっ」  パジャマに着替えたふわふわトイプードル。 「湯船であったまった?」 「あ、うんっ。あの、あのシャンプー、すごくいい感じ。僕も同じのにしようかな」 「そ?」 「うん。あの、髪が柔らかくなるというか、ほら」  そう言って、ちょこんって、俺の目の前に座ると、頭をズイッと差し出した。抱き締められるこの距離に来たのはきっとナチュラル。抱き締めてもらおうとか、セックスの雰囲気作りとか、そういうのを考えての行動じゃなくて、本当に、単純にシャンプーでいい感じになった髪を触って確かめてもらおうとしてるだけ。ふかふかになったよって、目をキラキラさせながらオオカミのところに来ちゃっただけ。 「うん。けど、いつも桜介さんの髪ふかふかじゃん」 「えー、そんなことは」  ガブってされちゃうのに。 「あそこの薬局に売ってる?」 「あー、これ、ネットで買ったんだ。バズってたから。だから、毎日、うちでお風呂入れば?」 「ひやえ! そ、それは水道代とガス代がっ」 「あは」  そしたら毎日この人のこと――。 「あ、でも、僕が水道、……っ……ン」  のこのことオオカミの手が届くところに来ちゃったトイプードルを捕まえて、抱き寄せて、キスをした。 「ン」  触れて、ちょっとだけ唇を甘噛みしてから。 「ンっ」  とろり、って舌先を絡めてく。 「ン」  キスの合間に溢れる桜介さんの吐息が甘やかで美味しそう。 「あ、翠伊くん」 「っ」 「あの……今日は、僕」 「?」 「僕がします」 「!」  のこのことオオカミの手が届くところに来ちゃったトイプードルを捕まえた、と思ったけど。 「全然上手じゃないと思うけど」  捕まったのは俺かも。 「あのっ、やり方、教えてくださいっ、あのっ」  ガブって。 「あのっ、一生懸命に覚えるのでっ、お願いしますっ」  この人の湯上がりポカポカの手がぎゅっと、ほら、俺のこと離さないように、逃げないように、しっかり掴んでる。 「ン……ん」  やば。 「そこ、すげ、気持ちい」 「っ、ンンっ」  視覚的にすごいんだけど。 「はっ、桜介さんっ」 「ン」  俺のを一生懸命に咥えてる。柔らかい唇に扱かれるとたまらなくて、溶けちゃうんじゃん? ってくらいに口いっぱいに頬張られると、下腹部の辺りがズンって重くなってく。熱が溜まって、頭の芯が痺れてく感じ。  あの唇にしゃぶられてる。  あの喉奥に俺のを咥えられてる。  あの柔らかい頬の内側で扱かれてる。  それに、目眩がするくらい、やられてる。 「今日の下着、また違うんだ」 「ン、ん」  コクって、一回頷いて、でも、口は俺のを咥えたまま。背中を丸めて、俺の脚の間に小さく疼くまるこの人の下着が、チラチラ見えた。  今日の、なんか、ちょっとこの前のよりもセクシーじゃない?  淡い水色のレースは可憐な感じ。けど、際どいレースに腰のところが紐になってて、バックにはチョウチョの刺繍がくっついてた。桜介さんが腰を揺らすと、それもヒラヒラと舞ってるみたいに揺れるんだ。上のパジャマは着たままだから、なんか、全容が見たくて、けど、手を伸ばすと脚の間にいるこの人のこと押し潰しちゃうし。 「っ」  それに、手、止まる。 「っ、っ」 「ン……んク……ン、ン」  この人の口の中が気持ち良くて。 「桜介、さんっ」 「ン」  名前を呼ぶと、ちらっと見上げたりして、その仕草に頭の中がショートしそうなくらい興奮した。両手でぎゅっと俺のを掴んで、口で、舌で、丁寧にたっぷりと触れて、溶かしてく。 「っ、そろそろ、やばい、から」 「ン、ンンっ」 「や、じゃなくて、口、離して」 「ン」  手放しそうになる。我慢するのを。  この人の口に、ほら、やばいから。離して。もう。 「ン、ん、ンふ……ンンっ」 「っ、桜介さんっ」  指先が痺れた。頭の芯もやばいくらいに痺れて、頭の中が真っ白で、火花みたいにチカチカって、なった瞬間。 「っっっ」 「ン…………っ」 「っ、はぁっ……桜介さん……ほら、口、離して。まずいでしょ、そんなん」 「ン、ン」 「ちょ、ほら、ティッシュ」 「ン……あの、気持ち良かった?」 「そりゃ」 「よかった」  フニャって笑ってる。  やば、すごいかわいい。 「……ありがと、やばいくらいに気持ちよかった」 「ほんと? 嬉しい」 「つーか、飲まなくていいから」 「そう、なの?」 「まずいじゃん」 「でも」  のこのこ。 「翠伊くんが気持ち良さそうにしてくれて、嬉しいから」  トコトコ。 「最後まで口でしてみたかったんだ」  ぎゅっ……って。 「あ、あのっ、待って」  オオカミの懐に飛び込んで来たかわいいトイプードルを捕まえた。 「あのっ、今、ぎゅってされると」  抱き締めたのは俺だけど。 「あのっ」 「俺の、咥えてただけで、こんなにしたの?」 「! あ、こ、これはっ」 「ね、今日の下着まだ見てない」 「あ、あ、あ、あ、あとでっ」 「今がいい」 「っ、っ、っ」 「ね」 「今は、ダメ」  ぎゅって抱き締めたのは俺だけど。 「今、僕の、はみ出ちゃいそうだから、ダメ」  ガブって仕留められたのはオオカミのほうだ。 「ン……ダメ」  可愛いトイプードルに、もう――。

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