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第54話 ワクワク

 きっとあの人はなんでも喜んでくれると思う。  それがハンカチ一枚でも、大事に使ってくれるだろうし。お菓子でも嬉しそうにしてくれると思う。  けど、一つだけ、俺だけが知ってる、あの人の喜ぶことがある。  俺だけが知ってる、あの人の好きなものがある。  それがいいと思うんだ。  あの人に、ホワイトデーにあげるなら、絶対にそれがいい。 「……うーん」  へぇ、ブランドの中でもいろんなラインがあるんだ。あ、これ、この前履いてたやつだ。  あ、ヒップが全部隠れるのもある。  あと、ローライズタイプもある。  えー、けど、桜介さんが選んだのはTバックになってるタイプ。  この中で一番セクシーなのを桜介さんは選んだ。  すご。そうなんだ。ヒップラインが一番際どいのを選んでるんだ。  なんか、エロくない?   全部Tバック系なのかと思ってたけど。違うんだ。あの人が色々なタイプがある中で、あえてTバックを選んでるってさ、エロいよね。 「あ」  これ、初めての時に見せてくれた黒の。  わ、すご、たっか。  ここのラインのは全部ちょっと高い。  じゃあ、ここの中から選ぼうかな。  サイズは……え、えぇ? わかんない。これ女性基準のSとかMだよね? あの人は華奢だから男性サイズでならSでいい感じだけど、女性でいったら? M? 「えー……サイズ……」  本当はショップで色々見ながら選べたらいいんだけどさ。  男一人でランジェリーショップには入れないでしょ。  ホワイトデーのギフトなんでって言えば、店員さんは付き添って色々教えてくれるだろうけど、女性のお客さんは嫌だろうし。  男性客がいたら気が散りそうじゃん。迷惑だよね。  だからネットの通販で買うしかない。  サイズ、合ってんのかな。  確かめたいけど、今日は残業だよね? そのあと、少しでも会って……いや、下着姿を披露してもらって、ちらっとサイズを確認。もしくは、お邪魔して、あの人が目を逸らした瞬間にタンスを開けて……って、いやいやどっちも無理でしょ。  返品とか……サイズ間違えましたって言えばしてもらえるとしても…………カッコワル。  服だってさ、通販で売ってるけど案外質感とかサイズ感とかわかんないじゃん。試着してみないと。  それこそ下着ってなったら、サイズはピッタリの方がいいだろうし。 「……」  難しい。  けど。  いつもこうやって買ってるんだろうなぁって思った。  一人で選んで、大丈夫かな。似合うかなって、心配しながら。 「……」  ふと、思い浮かんだのは、スマホを握って、一生懸命に選んでる桜介さんの表情だった。  それから、その次に浮かんだのは、桜介さんの表情じゃなくて、頭の中にじゃなくて、気持ちのところに浮かんだっていうか滲んだ。  会って、なんか、抱き締めたい。  今までそうやって一人で楽しんでた桜介さんがこの秘密にしてたことを俺に分けてくれたとこ。  今は俺に見て欲しいって思ってくれるとこ。  そういうのを実感したら急に会いたくなった。  今日は、会えないよね。そうちょくちょくなんて。  連絡してみようかな。  あー、いや、やめとこ。仕事してんだから。  会ったら襲う自信あるし。俺も課題やらないとだし。だから、今日は――。 「あ……」  桜介さんが好きなブランドの電子パンフレットをパラパラとめくっていた。スマホの中を覗かれたらヤバいから、あのお店から帰ってきてから。どれも刺繍がすごくて、どれも良いんだけど、どうしようかなって迷いながら。  そしたら、見つけた。  これじゃん?  ほら、これならサイズ多少は違ってても大丈夫。  うん。  めっちゃ、いいと思う。  うん。かなり、良いと思う。  そして、それをカートに入れて、ギフトとしてのラッピングもオーダー追加した。うん、大丈夫。  一息ついてから、しっかりと購入ボタンをクリックした。  到着はギリギリ。  金曜日だからバイトあるし、置き配してもらって、土曜日に、一日遅れだけどって渡してさ。 「……よし」  ―― その方が好きなものを。その方が喜びそうなことをしてあげるとか。  あの人の好きなもの。  あの人が喜び……俺もだ。  俺も喜ぶようなやつ。 「……」  うずうずした。  スマホをじっと眺めたところで早く時間がすぎるわけじゃないし、早く届くわけでもないけど。  早くあの人の贈りたくて。  ――わっ、僕に?  そう言って喜んでくれるところが早く見たい。  ――ありがとう。  そう言って笑ってくれるところが早く見たい。  まるで子どもじゃん。早くクリスマスが来ないかなぁってワクワクしてる時みたいに。 「課題、やるか……」  金曜日、バイトでまた賄いを教えてもらおう。それから――。 「っぷ」  一人なのに、笑っちゃったじゃん。  こんなにワクワクしたホワイトデーは初めてだったからさ。すごくない? あの人に会いたいって、抱き締めたいって、気持ちがさ、膨らんでいくんだ。丸く膨らんでいく。落ち着いて、どこかのサイズでぴたりと止まるってこともなく、毎日少しずつ。こんなことってあるんだと驚くよね。  ――嬉しいです。翠伊くん。  頭の中では土曜日にあの人がどんなふうに喜んでくれるだろうって、そんなことで頭の中はいっぱいだなんてさ。マジで、驚くよ。

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