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第55話 さぁ、ホワイトデーだ

 今日はデートして、夕飯どこかで食べて、それから帰ってきて、ホワイトデーのお返し、って渡そうと思ってた。  王道デートがいいって思ったんだ。  ただのスーパーマーケットで食材の買い物するだけでも楽しいって言ってくれる人だから、めちゃくちゃ定番の、絵に描いたようなデートコースはすごく喜ぶと思って。  水族館か映画館。  どっちがいいかあらかじめ訊いておこうなかって、金曜にバイトが終わってから考えてた。金曜日でもまぁまぁ混んでて忙しくて、賄いの親子丼の作り方だけはしっかり覚えて。  明日、外食じゃなくて、覚えたての親子丼でも良いかも、とか考えたり、してたんだけど。  ――明日、出勤になってしまいました。配送先間違えが発生してしまって。今日も残業です。  デートって、思ってたんだけど。  なし、になった。  ちょっと、じゃないか、けっこうしょんぼりしたんだけど。  ――でも! 明日は定時で絶対に帰ります!  そう、二通目のメッセージが届いて、それからすぐに目から炎をメラメラさせてる小人のスタンプが送られてきたから、なんか、しょんぼりはすぐに消えて、笑いが勝ってた。  そんなやる気出してくれんの? って、笑えてきて。  ――仕事、頑張って。  そうバイト終わりにメッセージを打ってた。  めちゃくちゃ楽しみにしてたけど、ちょうどいいよ。課題とかその間に片付けるし。掃除もできるし、洗濯もできるから。  案外、色々やること片付けてたら、すぐに夕方になったし。  それに何よりさ。 「げ、マジか。もう時間じゃん」  ホワイトデーのお返しプレゼントのリボンの輪っかになってるところをもう一度丸く整える時間もあったから。  ――頑張ります! あと、そしたら、あの、僕、奢るので、どこかでご飯食べませんか? もし、よかったら。  そう、デートのお誘いをしてもらえたから。 「俺が遅刻する」  全然、なんか良い感じの土曜日の昼間になったんだ。  社会人は大変だよね。  仕事が終わらなかったら、休みだって働かないといけないし。残業だってあるし。大学生も課題が終わらなかったら大変だけど、テストもあって大変だけど。でも、やらなければやらないなりの評価にしかならないってだけだし。  もう大学は春休みだし。  そもそも社会人は春休みないじゃん。長期の休みが全然ない。もうその時点で色々違ってる。  ほら、駅前には春休みで楽しそうにしてる大学生がのんびり歩いてる。でも、土曜日なのにスーツ姿で忙しそうにしてる社会人も早歩きで駅を行き来してる。なんか、時間の流れが全然違いそう。  俺もそのうちああやって、仕事してんのかな。建築士? とかになってさ――。 「お、お待たせしましたっ!」 「!」  まさか背後から登場すると思ってなくて、びっくりして振り返ると、息を切らした桜介さんがいた。 「ごめんなさい! あの、降りる改札間違えちゃって。西口に向かってると思ったんだけど、なぜか、東口で」  そう困った顔と、息切れしてちょっと大変そうな声が教えてくれた。 「ごめっ、お待たせして」 「俺も今来たとこ。っていうか、お疲れ様」 「!」 「どこで食べよっか。二人だし、店ならたくさんあるからって予約取らなかったんだ」 「全然! 僕はどこでも! 翠伊くんと一緒なら」  そう何気なく言って、自分の言った言葉の甘さ? 惚気? 溺愛? 俺のこと好き感が溢れた「俺と一緒ならどこでも」って感じの言葉に、自分で照れて、真っ赤になってた。 「俺もどこでもいいよ。適当に入ろっか」 「あ、うん!」  そして二人でごった返す春の繁華街を、テンション高く歩き出した。 「んー……」  多分たくさん走ってくれた。真っ赤になって。ふわふわの癖っ毛は走ったせいで、ふわふわが増してた。疲れてるよね。一日仕事だったし、昨日だって遅くまで仕事だったでしょ? だから早く休ませてあげたいんだけど。  できたら雰囲気の良さそうな店がいいよね。  リラックスできて、ゆっくり休めて。  けど、飯が美味くて。  ネットで出てくるような良さげなところはどこももう混み入ってた。  春休みだからかな。確かに、昨日、金曜日のバイトも忙しかったんだ。歓送迎会の時期で団体も入ってたし。カウンター以外、テーブル席はずっと、ラストオーダーになっても人がすごくて。だから帰りも遅くて。 「どうしよっか」 「うん。すごいね。混んでて」 「……あ、じゃあさ」 「?」  探せば、どっかしらあるんだろうけど。  仕事で疲れてる桜介さんを歩かせるのがやで、休ませてあげたいっていうのが勝ってて。 「俺のバイト先、行く?」 「ひへ?」 「飯、美味いし。お酒もカクテルとかけっこうあるしって、一回、来てるからわかってるか」 「い、行きたい!」  そんなに食いついてもらえると思ってなくて、ちょっとびっくりした。 「翠伊くんのアルバイト先! もう一回しっかり行きたい! です!」  そんなに目を輝かせてもらえると思ってなかった。 「あは」  ただそれだけのことで喜んでくれるこの人が可愛くて、笑った。それから、忙しそうな社会人と、のんびり楽しそうな学生の間で、くるりと進行方向を変えて。楽しそうな社会人の桜介さんと、早く休ませてあげたいと忙しくスマホを睨んでた俺は、遠足気分で歩き出した。

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