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第57話 デザート食べたら、帰ろうよ。
なんか、すごくいいなぁって思ったんだ。
こうして俺と桜介さんのことを知ってる人がいて、笑って、他愛のない話をして。周りに隠すつもりなんてない。別に悪いことをしてるわけじゃないし、偏見を持つ方が今の時代ナンセンスでしょって思うし。
けど、認めない派っていうか、からかったり、差別的なことを考える人が確かにいるっていうのもわかってて。だから、隠す人の方が多いんだけど。
隠さずにいて。
周りのリアクションも普通で。
こんなふうに肩の力抜いて、のんびり二人で楽しく過ごせるのって、いいなぁって。
「もう昨日は朝から現場が騒然としてて」
「そっか」
「全部検品したのをもう一度確認したりして、頭、爆発するかと思った」
「大丈夫だった?」
「なんとか……もう今日も残業になっちゃうかと思った」
桜介さんがどんな仕事をしてるのか、どのくらい大変なのか。身振り手振りで忙しそうにしながら教えてくれるこの人のことを眺めてる。たまにこっちのカクテルが美味しいとか話して、交換しては飲み比べとかして。
桜介さんは好き嫌いないんだって。
俺は貝類がちょっと苦手、とか。ケーキならモンブランが、あんま、とか。
「あ、じゃあさ、これできる?」
「?」
「右手で三角を描いて、左手で四角を描くの」
「へ?」
「俺、超得意」
「えぇ? えっと」
一、二、三でもうすでにできなくなった桜介さんがこんがらがった! って困った顔をしてる。
「じゃあ、次、俺ね」
そして、永遠、マジで続けられるよって、自慢気にしてみせると、パチパチと手を叩いて褒めてくれた。
多分、ちょっと酔っ払ってるよね。
頭がふらふらしてるし。何よりもほっぺたが真っ赤だし。
「水、」
「ねぇねぇ、やっぱ、そうだよ。毎週土曜日にいる人だよ」
水をもらってこようかって立ち上がったところだった。そんな声がこっそりと聞こえてきた。
「声かけてみよーよ」
そんなことも聞こえてきた。すぐ近く、俺たちのいるカウンターの近くのテーブル席のとこの辺りから。
「でも……」
「だって今日はバイトじゃないっぽくない? 友だちと来てるっぽいじゃん。だから」
あー、これは。
んー、けど常連さんだからお店的には、アレだよね。
どうしよっか。
「ほーい、次、二番テーブルさん」
あー、二番テーブルだって。ちょうど、声のする辺り。
中、今忙しそうなんだよね。厨房から出られる感じじゃなくて、他のフロアバイトも団体の片付けと接客でいないし。そう広くない個人店だからアルバイトも忙しい時で二人か三人。ベテラン二人なら一番忙しい時でも回せる感じ。で、今、二人がちょうどいない。
「俺、持ってく」
「いいか? すまない」
よくしてもらってるし、ここで、無視はできないから、とりあえず、運ぶだけ。
「お待たせしました。シーザーサラダです」
「あ、え? わ」
なんとなく顔は覚えてる人だった。よく来てるお客さんで、メニューを取りに行ったりすると、ちょくちょく話しかけられてたから。
「あの、今日って、バイト休みなんです?」
「あー、はい」
「えー、じゃあ、この後とか空いてたりしません? かっこいーっていっつも話してて」
「あー……ありがとうございます。けど、すいません。付き合ってる人いるんで」
ぺこりと頭を下げて席を離れた。カウンターに戻ると、店長は忙しそうに厨房の中で動き回っている。そこに運んでおきましたーって声だけかけて、俺も着席した。
「ごめん、今、忙しそうだったか、」
忙しそうだったから。バイトメンバーがちょうどいなくなってたからさ。そう言おうと思ったんだ。楽しくデート中だったのに、席離れて、ごめんって、言おうと。
「……っ」
思ってた。
けど、桜介さんが席に戻った俺の服の裾を一瞬握った。
慌てて、すぐに手を離して、自分の手が勝手に動いたことに驚いた顔をして、それから唇をキュって結んだから。
それを見て、言葉が止まった。
「ね」
「っ」
キュッて、唇、結んだ。まるで我慢するみたいに。
「桜介さん、デザート、ティラミスでいい? めちゃくちゃ美味しいから」
「ぇ、あ……うん」
俯いた桜介さんの手を包むように握って、少しだけ立ち上がると厨房にいる店長へラストのオーダーをお願いした。ティラミス、めちゃくちゃ美味いし、タッパに入ってるのを取り分けるだけで、すぐに出てくるからさ。
「食べたら、帰ろっか」
「ぇ……あ」
「ね?」
そうしようよ。楽しかったけど、そろそろお腹もいっぱいだし。
「うん」
お店に迷惑かけらんないし。
だから、デザート食べたらさ。
「帰る」
帰ろうよ。
「あの、ごめんねっ」
ティラミス、美味しかったでしょ?
それから社割っていうか、半額だったんだけど。破格すぎる社割だったね。
「僕、そのっ、そんなふうに思うのよくないって思ってるんだけど、なんだか、欲張りになっちゃって」
お店を出ると、思ったよりも寒くなくてびっくりした。いつもは自転車だけど今日はデートだから駅へと向かって歩いてる。各駅電車、あるかな。なかったら、一つ前の駅で降りて歩けばいいけど。
できたら、最寄り駅がいい。
「だから、さっき、その」
「違うよ」
「……ぇ」
昨日も仕事大変で、今日も一日大変そうだったから、あんまり歩いたりさせたくないんだ。
「俺がもう帰りたかっただけ」
「……」
「今日、掃除もばっちり。布団も干してばっちり」
「……」
「だからさ、うち、に泊まりなよ。んで、寝るのきっと遅くなるから」
「……っ」
疲れてるだろうけど。
「もう帰りたかったんだ」
きっと今日は、夜更かしさせるから、できたら最寄り駅まで電車がいいなって思った。
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