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第58話 したくなっちゃったら、いいな。
――なんで?
彼女にそう訊かれる度に。
『仕方ないじゃん』
『そう言わてもさ』
『けど、可哀想じゃん』
いつも、それが頭の中にあった。
けど、桜介さんの手がぎゅって俺の服の裾を握った時、そんなふうに思わなかった。
ワガママだ、って離そうとするその手を、まるで追いかけるように握って捕まえたのは俺だった。
そんなこと誰にもしたことがなかったよ。
「お風呂沸かすね」
「あ、全然シャワーでっ、僕は」
ヤキモチも独占欲も、いつもちょっと溜め息が出たんだ。
「ダメ。ちゃんとお風呂入ったほうが疲れ取れるから、あと……はい」
俺たちの帰宅を待ち構えるように、テーブルの真ん中に置いてあったラッピングボックスを手に取った。ポカン、ってしてる桜介さんに、リボンが丸く綺麗に整えられたボックスを手渡した。
しっかりとした紙箱は真っ赤なリボンが角を包んで、ヒラヒラとレースみたいに箱の正面を飾ってる。
真っ赤なリボンに、真っ白な箱。
シンプルだけど、ハッとするくらいに色が鮮明で、綺麗だった。
「これは……」
ねぇ、桜介さんにだけ、そんなふうに思ったんだ。
貴方には特別、たくさんたっぷり、優しくしたいって。
だからさ。
「ホワイトデー」
「!」
もっとしてよ。
「お風呂、上がったら、開けて」
もっと、俺は、貴方のって、言ってよ。
サイズ、大丈夫だと思うんだ。
ちょっとエロス強めな感じだけど、持ってたりするかな。持ってたとしても色違いとかならセーフだよね。新色って書いてあったから、多分、大丈夫でしょ。
疲れてるよね?
いつもよりも今週は一日多く仕事してるんだもんね。
へとへとで眠いかもしれない。
けど、一応、今日がホワイトデーだから。
受け取ってくれるだけでいいんだ。
喜んでくれたら、それだけで。
それを身につけてイチャイチャするのは、また今度でいいから、そう思いつつ。
けど、あんまそう思ってないっていうか。できたらさ。
貴方が。
「ぁ、の……翠伊くん……」
ドキドキしてくれたらいいな。
「……あのっ、これ」
興奮して、セックス、したくなっちゃったら、いいな。
なんて、思った。
「履いた?」
声をかけると、そっと静かにゆっくりバスルームの扉が開いた。スライドになってるから、そーっと音もなく開いて、そこから真っ赤になった桜介さんが現れた。
わぉ。
ルームパンツの下、は、いらなかった?
「これって」
「桜介さんが喜ぶかなって思って選んだんだ」
「っ」
ダボついてる服の裾をキュッと握りながら、真っ赤になりながら、俺のところに来てくれた。ルームパンツは履かずに、下、剥き出しの太腿がエロいよね? 俺のルームウエアだから、サイズ合ってなくて、履いてるのか見えなくて、やばい。
こういうの、たまんない。
「これ、僕の好きな」
「喜んでくれた?」
「も、もちろんっ、あのっ、すごくっ」
「ならよかった」
「だって、これっ」
「そ」
ブランディシ、桜介さんのお気に入りランジェリーブランドの。
「あのっ、嬉しすぎてっ」
「夢じゃないかと思った?」
「ううんっ、倒れちゃうかと思ったっ」
「えー、倒れたらやなんだけど」
「だって、だってっ」
よかった。喜んでくれて。
「こんな、好きな人に買ってもらえるなんてっ」
ぴょん、って弾むように、俺のそばに来てくれた桜介さんと手を繋いだ。
「サイズ、大丈夫だった?」
「あ、うん」
「よかった。それじゃあ、ちょっと待っててよ。俺はシャワーだけにするからすぐに出てく、る」
ぎゅっと抱きつかれた。
「桜介さん?」
自分からこんなふうに抱きついてくれたのは初めてで、少しびっくりした。
「……」
「桜介さん?」
抱きついたまま、無言で、俺の胸のところに額を擦り付けるようにしてるから顔が見えない。今、どんな表情をしているのか、確かめたくて、首を傾げると、また、もっと強く抱きつく腕に力を入れてる。
「い……」
何?
「?」
なんて、言ったの?
「いいよ。翠伊くん、シャワー浴びないで」
小さな声で、ぎゅっと抱きついたまま、後頭部しか見えない桜介さんが呟いた。
「翠伊くんがモテるの、わかってる」
「桜介さん?」
「あの、かっこいいし、優しいし」
「……」
「だから女性が話しかけたくなるのだってわかる」
「……」
「わかる、けど」
あ、すご。
「やだった?」
訊いたら、肩をきゅっとすぼめた。
質問には答えず、でも、抱きついた腕がまるで答えるみたいに強くしがみつく。
「や、だった」
ね、すごい。
「ぼ、僕の…………って」
これはやばい。
「思っちゃ、」
思っていいよ、そう囁きながら首を傾げて、桜介さんにキスをした。
「ン……ん」
深くて、甘くて、舌を絡ませ合う、濃いキス。
「ン……ふぁ……ンンっ、あっ」
唇を離すと、濡れて、まるでゼリーみたいに赤く色づくキス。
「思っていいよ」
「あ、ン」
次にキスをしたのは首筋んとこ。もちろん、貴方は俺の、って印のキスマもつけて。
「あ、あ」
腰を撫でると、くすぐったいのか、しがみ付く腕が、ぎゅ、ぎゅ、って俺のことを締め付ける。
「桜介さんのだよ」
「あ、ン……ひゃっ」
お尻を撫でると、敏感な人だから、腕の中で震えるくらい感じてる。
「俺のこと」
「翠伊くん」
「?」
「翠伊くんのこと、独り占め、したい」
やっば。
「だから、あの、シャワー、いらない、よ」
大丈夫かな。
「早く、っ……」
今日、仕事あったのに。
「翠伊くん、と」
一回じゃ、満足できないかも。
「した、い」
この人とセックス、早くしたくて、たまらないんだけど。
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