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第73話 いい感じ

 “今日も、泊まっていいですか?“  そこからは着替えだけ取りに行って、あとは俺の部屋で過ごす日が続いてる。  帰りは同じくらい。ちょっと桜介さんの方が遅いかな。足が毎日少しずつ良くなっていくにつれて、多分、そもそもの自分の仕事に戻りつつあるみたいで残業になる日が増えた。  昨日からは稲田さんの送迎もなくなって、自分で駅まで行くようになってたくらい。  多分、今日も普通に残業だと思う。  昨日はノー残業デーの水曜日だったから、余計に今日は仕事多いんじゃないかな。  完治じゃないから無理はして欲しくないけど、あの人はできることは頑張りたい人だから。  だから俺にできることっていうか、やれるのは、仕事あとの負担が増えないようにすることかなって。  で、一緒に生活をするようになって気がついたこと。  桜介さんは食べ終わったらすぐに食器を片付けたいみたい。  俺はけっこうそのまま、のんびりしちゃってるかも。  お風呂はできることならご飯の前に入りたいタイプで、お湯は熱めのほうが好きだったんだって。  一緒に入った時にそう教えてくれた。  ――でも、このくらいの温度のお湯なら、ゆっくり入れるからいいなぁって思ったよ。翠伊くんと長くこうしてられるし。  そこまで言って、「あっ!」って急に顔を赤くしてた。  ――そのっ、えっと、一緒に入ると楽しいのでっ。  そう言って、耳まで真っ赤になってたのが、お風呂のお湯のせいなのかはわかんないけど。でも、俺は温度あんま高くない方がいいと思うんだ。  ――ん、翠伊くんっ。  ながーくお風呂に入ってられるから。  ――あ、触っちゃっ、乳首っ。  ながーく。  それから、もう一つ、  おはようございます。ただいま。おかえり。いただきます。おやすみなさい。どの挨拶も丁寧なこと。  あと、その丁寧な挨拶が返ってくるのが、すごく、なんか。 「いただきます」 「どうぞ。今日の、めちゃくちゃ美味いと思う」 「……ん、本当だぁ。すごい、美味しい」 「でしょ? 動画で見つけた。簡単で美味しいって」 「ご飯、いくらでも食べられそう」  いいなぁって。 「やった」 「あの」 「?」 「ありがとう」  こういうのいいなぁって思った。  好きな人と面と向かってさ、食べて、話して、一緒に過ごすの。 「とっても美味しいです」  毎日がさ、こんなだったら。 「どういたしまして」  いいなぁって。 「う、うーん、んんー、ん、ん? んんー」  なんか唸ってる。  正座して、テーブルの前で。  背中、綺麗だよね。桜介さんって。丸めないんだ。いつも背中がピンとしてる。 「何してんの?」 「んひゃ! ご、ごめっ、広げてあったから、翠伊くんの勉強に使ってた本を読んでみたんだけど」 「? あぁ、これ?」 「難しすぎて」 「あはは、俺もこれめっちゃ難しい」 「そうなの?」  風呂上がり。部屋に戻ると桜介さんが俺の本を読んでた。伊倉さんのところで借りてきた本。  それ難しい顔をしながら読んでる桜介さんの隣に座って、一緒にその本を眺めてた。 「すごい人でさ。美術館とか、設計してるんだけど。あ、ここ、この結婚式場、建てたの伊倉さんなんだって」 「……わ、すごい、素敵だ」 「すごいよね」  木材の柱がいくつも空に向かって伸びていく。円錐形をした建築物。真っ白な外装に大きなエントランス。できるだけガラス張りにして「開放感」を意識した作りになってる。昼間でも綺麗だけど、二次会もそこでできるようにって、昼と夜で違う表情が出せるように心がけたんだってさ。  ポイントは夜になると、大きな窓から溢れる光で、夜に浮かび上がるようになるんだって。  多分、窓を使った光の表現方法は伊倉さんの得意技なんじゃないかな。あと、木材。これも多分、めちゃくちゃ自分の強みってしてると思う。  で、この木材っていうのが今の時代色々大変なんだって。林業? が今、本当にやる人が減ってて。林業がちゃんとできてないから、山の管理ができてない。森がちゃんと循環できてないとかで、いい木材になる樹木がすごく減ってるって。だから、林業へのボランティアとかにも率先して参加してるって教えてくれたんだ。 「本当、マジですごい」 「……」 「俺はまだまだでさ。だから、春休みで色々」 「翠伊くんもすごくてカッコいいよ」  隣で背中を丸めることなく、澄んだ声で、澄んだ瞳で、ニコって笑いながら言ってくれた。 「頑張ってて、すごいです」 「……桜介さん」  なんか、いいよね。 「あ、あのっ、もうタンコブ平気、です!」 「……」 「足もね、もう結構大丈夫で、今日とかは普通に歩いたよ?」 「……」 「だから、その」  ただいま、っていうと、お帰りが帰ってくる。  隣に人がいて、じんわりとその人の温もりが感じられる。  食べて、話して、一緒に過ごす時間が長く。 「その……ン、ん、ぁ、翠伊くん、髪は、乾かさない、の?」  ながーく。 「だって、多分、またシャワー浴びるからいっかなって」 「あっ……ン」  ながーく、続くの。 「ン、翠伊くん、キス……」  いいなぁって、思った。

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