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第74話 特別な人のことを話す時って

 そんで、さ。  どうしようか。  明日の夕飯。  いつもはパッと作れるやつにしてるけど、せっかくだし、なんか手間掛けたいよね。手が込んでる感じで、けど、料理初心者の俺でも作れそうなやつ。  んー、どれも美味そうけど。普通の食卓って感じだしなぁ。  特別感はやっぱ欲しい。  だって、明日は四月四日で。  桜介さんの誕生日だから。  できたらサプライズがいい。  お誕生日だから今日は定時であがっていいよ、とか会社がしてくれたり、はしないでしょ?  一緒に今、暮らしてるっていうか、泊まっていってるっていうか。  桜介さんは必ず大体の帰りの時間を教えてくれる。今日は二時間残業ですとか、定時で帰ります、とか。  だから、明日もきっと帰る時間を教えてくれると思う。その時間までに作れて、なんかお祝いっぽいのって、何か、ないかな。 「ずいぶん難しい課題に取り組んでるみたいだね」 「!」 「ごめん。昼休憩なのに話しかけてしまった」 「ぁ、いえ……」  伊倉さんが作業スペースから俺に話しかけてきた。俺はいつもコーヒーとかを作るカウンターテーブルのところで昼食を食べてる。ここなら、伊倉さんが欲しい時にコーヒーを作れるから。  最初の頃はソファで食べてた。そこで食べていいって言ってもらってたから。けど、そこで昼食食べてると、伊倉さんが自分で食後のコーヒーを淹れちゃうんだ。そんなの俺やりますよって言っても、自分のコーヒーくらい自分で淹れるからって、言ってくれる。休憩時間は休憩しなさいって。  大人の余裕がかっこいい。  だから、逆に手伝いたくなるじゃん。  それなら、そのコーヒーを作るところで待ち構えながら昼食を済ませた方がいいじゃんって思って。  そして昼休みは、伊倉さんは自分の作業台。  俺はカウンターて済ませるようになった。  端と端だけど、二人だけだから話し声が聞こえないとかもないし。  伊倉さんって基本自由な人だから、外で食べてもらってもいいし、好きなところで好きなようにしてもらっていいと言ってくれてる。その自由っていうか、余裕のある感じが大人だなって。 「とても難しい顔でスマホと睨めっこをしていたから」 「ぁ……あー、いえ、課題じゃなくて、料理を」 「料理?」  伊倉さんがソファを挟んだ向こうで不思議そうに首を傾げて、黒縁のしっかりとしたフレームの眼鏡を指先で持ち上げた。 「付き合ってる人がいて、明日、誕生日なんです」 「おぉ、おめでとう」  ニコッと笑ってくれたから、ぺこりと頭を下げた。 「ちょうど明日は休みだね」 「あ、はい」 「いつものアルバイトも休みに?」 「あーはい」  いつもの、居酒屋の店長には、あの人の誕生日なんですって言ったら、いいよって言ってもらえた。ちょっと、ワガママすぎじゃん? って思われるかもって思ってたから、びっくりしたんだ。あまりにすんなり快諾されちゃったから。拍子抜けっていうか。  けど、店長は桜介さんのこと気に入ったみたいで、いいよって言ってもらえた。金曜日だし、でかい団体が一つ入ってて、コース料理だから、そう大変じゃないって言って。  大きな団体でしかもコース料理ってなると楽なんだ。作るものは決まってるから。あとは手前にあるテーブルとカウンターの対応だけで大丈夫。それなら、一人、バイトがいなくてもどうにかなる。しかも、言ったの早かったから、代理も頼めるしって、言ってもらえた。 「で、何か料理作りたいなぁって」 「料理か。いい彼氏だね」  あはは、って笑った。 「今、その付き合ってる人、足、捻挫しちゃって」 「それは大変だ」 「なんで、ちょっとの間ですけど、一緒に暮らしてるんです」 「なるほど。なんだか楽しそうだ」 「楽しいです」  はっきりそう言ったら、じっと、こっちを見てた。 「で、その足もだいぶ良くなってきたから、快気祝い? も兼ねて、めっちゃ夕飯をごちそうにしたいなぁって思って」 「じゃあ、ちらし寿司はどうだろう?」 「!」 「私の奥さんはね」  へぇ、奥さんいるんだ。知らなかった。 「料理がとても下手なんだけど」 「え?」 「あはは、本当に下手なんだ。漫画で見かけるような謎めいた料理を作れる天才で」  へ、ぇ……すげ。 「その奥さんがちらし寿司だけは簡単だから、上手にできるって言って、何かというとちらし寿司にしてくれるよ」  伊倉さんって、余裕のあるスマートな大人なんだ。マジで、カッコイイって思う。こんな大人になりたいって、すごい思ってる。 「なので、ちらし寿司はどうだろう?」  その伊倉さんが奥さんのことを話す時だけ、子どもみたいに表情を明るくさせた。柔らかい口調でお客さんと話してる時とも、職人さんと打ち合わせで見せる凛としていてかっこいいけど、穏やかな時とも、俺にわかりやすく教えてくれる時とも違う。 「楽しい誕生日になるといいね」  どれとも違う。こんなに無邪気に笑うんだって、驚いた。  たった一人、奥さんの話をする時は、こんなに嬉しそうに笑うだって。 「はい。ありがとうございます」  けっこう、びっくりした。

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