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第76話 貴方と少しでも早く

 まさか昨日、あんなに嬉しそうにするなんて思わなかったな。  桜介さんと一緒にいるから飲み会行かないって言ったら、あんなに、めちゃくちゃ嬉しそうにするなんて、思わなくて。  なんか、さ。  そんな桜介さん見たら、なんか、ね。  ――何時の電車で帰ってくる感じ?  そうメッセージを送った。  今日は桜介さんの誕生日。そして、今日は金曜日。  金曜日は伊倉さんのところは休みで、居酒屋のバイトがあるから、この曜日だけは出勤する桜介さんを見送れるんだ。玄関先で見送りながら、お仕事頑張ってねとだけ伝えた。  誕生日のお祝いってことは内緒。  今日、居酒屋のバイトを休みにしてもらったことも内緒。  できるだけ驚かせたかったから。  それで、最初の予定では、今日、バイトだと思ってる桜介さんが帰ってきて、あれ? 部屋に人がいる? ってなって、俺が居酒屋バイトに行ってないことにまずは驚いてもらう、っていうのを計画してたんだけど。  昨日、あんなに喜んでくれたから、部屋で待ってられなくなった。  迎えに行きたくて。  電車の時間を丁寧に教えてくれる桜介さんには内緒で。その時間、改札で待つことにしたんだ。  早く会いたかったし。  ―― あの、僕、がいるから飲み会行きませんって。  昨日、桜介さんを抱きしめながら思ったんだ。  この人のこと。  大事にしたいなぁって。  ―― 言ってもらえて、嬉しくて、腰抜けちゃった。  ちゃんとあの人のことを出迎えられるように、少し前から駅の改札のところで待ってた。駅の改札でこうして待ってることってあんまりないから、ちょっと面白い。  十分ちょっとの間隔を開けて、人の波がやってくる。上りと下りの電車がその度に駅に到着したんだってその波でわかる。その波の中に見慣れたふわふわの黒髪を目印に、ぞろぞろと降りてくる人たちを見渡した。 「!」  あ、見つけた。  ふわふわの黒髪を。  お、まだ、気がついてない。  ほら、全然気がつくことなく少し俯きながら、人の波に押し出されるように改札を通り抜けて……まだ気がついてない。っていうか、多分、俺がここにいるなんて思ってもいないんだと思う。  おーい。  桜介さーん。  そう、心の中でだけ呼んでみる。  もちろん、気がつくわけなくて。  あ。  危ないって。  ふと背中のリュックを手前に持ってきながら歩くから、こっちが慌てた。何せ、会社でドアを開けてあげようとして、ドアノブに吊り上げられちゃう不器用なような、器用なような、そんな人だから。  桜介さんは俺に心配されてるって思いもしないで、リュックのポケットの中を覗き込もうとしてる。まだ改札から次から次に出てくる人たちにぶつかってしまわないように端へと移動して、そこでじっとスマホを見つめて。 「……」  じっと、スマホを見つめて。  しばらく眺めた後、ふと、顔を上げた。  そして、なんだろう、引き寄せられるように、自然に目が合って。見つかった。 「!」  まず、びっくりしてる。  それから、え? って不思議そうな顔してる。  驚いた?  不思議に思った?  幻? とか思ってる?  だから小走りで駆け寄った。 「お疲れ様」 「……ぁ、え? えと」 「今日は居酒屋も休みなんだ」  そう言ったところで、ポケットの中のスマホがブブブって振動した。今、桜介さんがぎゅと握ってるスマホから、俺のスマホに。  ――今、駅に着きました。今日は、居酒屋さんですね。  トップ画面に短いメッセージが表示された。 「あっ、あのっ、アルバイト、の、日だと思って、今、メッセージ」  ――頑張ってね。  なんかくすぐったい。メッセージの中の桜介さんは俺がここにいるって知らなくて、今日、自分の誕生日なのにアルバイトのシフトを入れた俺のことを優しく応援してくれてる。でも、目の前にいる桜介さんは、びっくりして、今日誕生日で、今ここに俺がいることに、頬を赤くしてる。 「びっくりさせたくて黙ってた」 「……」 「今日、桜介さん誕生日でしょ?」 「!」 「覚えてるし。誕生日の話、したじゃん」  本当は玄関が開いて、そこで驚かせようと思ってたんだけど。  昨日の桜介さんがやたらと可愛かったから早く驚かせたかったんだ。早く誕生日を祝おうとしていますって知らせたかったんだ。  そしたらきっと、また、やたらと可愛いこの人が見られると思ったから。 「お祝いのご馳走も作ったんだ」 「え?」 「それに一緒にブランディシの通販見るんでしょ? だから、帰ろ?」 「……う、ん……うんっ」  ちらし寿司はお刺身も乗っけたし、錦糸卵も乗っけたんだ。後、ワインなんだけど、そんなに得意じゃないからさ、けど、チューハイっていうのもなぁって思って。やっぱワインにしたんだけど、リンゴのワインなんていうのがあったからそれにしてみた。甘口って書いてあったからわかんないけど、美味しいかな。  で、一緒にブランディシでネットショッピング。  お風呂ならもう沸かしてあるから入れるよ。  桜介さんがお風呂入ってる間にお祝いの「ディナー」を準備完了させるからさ。 「疲れた? 忙しかった?」 「ううんっ、全然ちっとも疲れてない! 大忙しだったけど、今、疲れ吹っ飛んだ!」 「あはは‘  楽しい誕生日にしたいんだ。  サプライズとワクワクと、貴方がたくさん笑顔になる誕生日に。 「おかえり」 「ただいまっ」  したいんだ。

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