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第77話 一番
桜介さんに出会ってから「初めて」なことってたくさんあるんだ。
また今日も「初めて」だった。
「あ、翠伊くん、お風呂、ありがとう」
「はーい。夕飯の準備できたよ」
「わっ、わぁっ、すごい」
初めて、本当に大事にしたいって思った。今までも付き合った相手を大事にはしてたよ? けど、そういうのとちょっと違ってる。
初めて――。
「ちらし寿司だ」
「そ、ほら、今、通ってる建築士の伊倉さんがさ、誕生日お祝いにちらし寿司がいいんじゃないかって、アドバイスくれて」
「すごい」
「奥さんが料理すっごい下手なんだけど」
「えぇぇ?」
「ちらし寿司は得意だからお祝いの時に作るんだって」
あははって笑ったら、最初、伊倉さんの奥さんへの悪口みたいな発言に驚いた桜介さんが、俺の笑った顔を見て、一緒に笑った。
ちらし寿司には、イクラもサーモンもマグロも入れた。豪華でしょ?
美味しいものを貴方には食べさせたい。なんでも一番よくしてあげたい。心地よく過ごして欲しいし、欲しい物があったら、俺があげる。行きたい場所があったら、俺が連れて行ってあげる。ちょっと、まぁ……その財力的に今は難しいこともあるかもしれないけど、いつか必ず。
貴方の望むものはなんでも。
「あ、あと、リンゴのワインも買った」
「すごい」
「飲むでしょ? お腹空いてる?」
コクコク、一生懸命頷く貴方を一番にしたい。
「あと、サラダも」
「すごい!」
「あ、からあげも」
「すごい!」
「っぷ、すごいしか言ってないし」
「だって」
「ケーキも買ったよ。デザートの時に食べようよ」
「うん……本当、すごい」
「あはは、またすごいって言った」
貴方を一番幸せにしたい。
「すごいから」
こんなふうに、幸せにしたいって思ったの、初めてなんだ。
今まではさ、優しくしてたし、大事にしてた。けど、「したい」ってこんなに強く思ったことはなかったんだ。
優しくしたい。
大事にしたい。
「ありがとう翠伊くん。あの、あのねっ」
「?」
「僕、こんなに嬉しい誕生日は初めて、です」
付き合った子には笑っててもらいたいよ? 怒った顔なんて誰だってして欲しくないでしょ? だから優しくするし、大事にしてますって思ってた。
「どういたしまして」
けどさ、したい、って思ったのは貴方が初めてだ。
俺が貴方のことを笑わせたい。
そう思ったのはさ、初めて、なんだ。
ちらし寿司に大喜びしてもらえたのが嬉しくて、ちょっと食べすぎたかも。それに飲みすぎた感じ。
ほら、ふわふわする。
リンゴのワイン、甘くて、ジュースみたいでごくごく飲めちゃったんだよね。
「あ、これ、すごい素敵!」
「あー、確かに。すご、綺麗。桜介さんに似合うよ」
「えっ!」
「え? 肌白いし、似合うと思う」
きっと、すごく綺麗なんじゃないかな。そう言った。淡いブルーグレーに金色の刺繍糸が踊るように走って。同じブルーグレーの薔薇の刺繍にはスワロフスキーがいくつも散りばめられてるんだって。下着なのに、本当にドレスみたい。
「あーでもこっちもいい気がする」
「えぇ、ちょっと、大人っぽいような」
「……」
「ってええええ、僕も大人なんだけどっ、そのなんていうかっ、まだ、その妖婉さには程遠いっていうか。あの紫って、大昔は高貴な色だったんだって。だから、あの、あ、翠伊くんは大学ですごく頭がいいからそんなの知ってるだろうけど、でも、だから、まだ僕には不釣り合いというか、高貴って僕には縁遠い単語で」
「けど、この紫のもきっと似合うよ」
「えぇ、いやぁ」
あと、ちょっと値段高いよね、って思ってそう。何せ学生だから。さっきのブルーグレーのも、綺麗だし、あとお値段がそっちの、ブルーグレーの方がちょっとお手頃っていうか。それでもスワロフスキーがついてるし、高いけど、この紫のはもっと刺繍の手が混んでるからか、もっと高い。つまり、スワロフスキーがついてる場合よりも刺繍が複雑で、それだけすごいってことなんだ。
どっちもいい感じ。
けど、俺の好みにはブルーグレーかなぁ。金の刺繍がいい感じで。
うーん。どっちだろう。
桜介さんは、どっちがいい?
「ふふ」
「?」
笑った顔は、一番好きなんだ。
「へへ」
「桜介さん?」
桜介さんの表情の中で、一番、魅力的だなって思った。
「あの、すごいなぁって」
「……」
「まさか翠伊くんと本当にブランディシの下着を一緒に選べるなんてって思って」
「……」
「すごい嬉しいなぁって」
貴方には笑って欲しい。
「僕、ブルーグレーのほうがいいです」
貴方のこと大事にしたい。
「じゃあ、紫のは次の時ね」
「!」
貴方には優しくしたい。
「すごい」
「あは、またすごいって、めっちゃ言ってる」
「だって」
こんなふうに「したい」って、欲しい気持ちになったのは初めてなんだ。
貴方にはいつも欲張りで、欲しがりになっちゃう。
「本当にすごいから」
「あはは」
一番優しくしたい。
一番喜ばせたい。
一番楽しませたい。
一番――。
「翠伊くん」
「……」
「嬉しい」
笑顔にさせたいって思うんだ。
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