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第80話 ずっと、きっと、ずっと
「マジで、桜介さん、会社の飲み会とかであんま飲んじゃダメだからねっ」
俺の必死な訴えが湯気もっくもくなバスルームに響き渡った。
「えぇ?」
そして、桜介さんの呑気な返事は小さくて響くことなく、湯船の中に溶けていく。
「マジでっ」
今、イチャイチャ後の二度目のお風呂。身体も洗って、二人で狭いバスルームの中で向かい合わせに入ってる。俺の足の間に膝を抱えるように座ってる。
真っ黒な髪は濡れると柔らかさが増す。毛先にだけクセが出るんだけど、その毛先がくるんと跳ねて、その先端からお湯の雫がたまにぽたんと落ちてる。あったまったせいなのと、まだほんの少しアルコールも残ってるのかもしれない。それから、セックスの甘い余韻も。蒸気した頬はしっとりとしていて、触れたくなる艶があった。それから同じようにほんのり赤みを帯びた首筋には、ちょっと色濃くキスマークがついてて。たくさんしたんだなってわかるくらい。今、お湯の中で見えないけれど、あっちこっちにキスの痕が残ってる。
「ふふ」
えぇ? じゃないよ。
ふふ、って笑ってる場合でもないし。
普段はアルコールそのものの味がそんなに好きじゃないから、「酔っ払う」ほどには飲まない桜介さんが、リンゴのワインは甘くてジュースみたいって言って、けっこう飲んだんだ。一本のうちの半分くらいは桜介さんが飲んだと思う。甘くても、なんでも、ワインはワインだから、アルコール度数だってちゃんとワインなわけで。
まさか酔っ払うとあんなになるなんてさ。
「そんなことないよ」
ある。全然ある。
エロいし、積極的だし。だから会社飲み会とかでさ、あんな赤い顔して、「えへへ」なんて笑ったら、わかんないじゃん。
「僕なんかに、ないって。あはは」
「あははじゃないから、実際にいるから、ここに」
きっとさ、こう思ってるんでしょ。
それが女の子だったら、ほろほろと絆されちゃう男性がいるかもしれないけど、男の自分が酔っ払ったところで、ほろほろになんてならないし、絆されちゃったりもするわけがないって、そう思ってるでしょ。いるから、ここに、実際に。
「恋愛対象が女の子だった男が、桜介さんのこと好きになってんじゃん」
そこで目を丸くして、じっと俺を見つめて、それから三秒後に、真っ赤になってる。
いや、そこじゃなくて、真っ赤になってる場合じゃなくて。
大事な話をしてるから。
「だから、会社の飲み会とか、他の友だちとかと飲む時も、今日みたいに酔っ払うくらいに飲んじゃダメ。マジで」
「あの」
「わかった? 桜介さん。っていうか、すっごい飲んだって時は連絡してくれれば迎えに行くし。車ないけど、歩きで」
「あの」
「っていうか、迎えに行っていいならいつだって」
「翠伊くんだからだよ」
「……」
「翠伊くんのこと好きだから、その、迫っちゃったけど。でも、好きじゃない人に迫ったりしないし、キス、とかしたいですとか言わないし思わない」
「……」
「翠伊くんだから、だよ」
「……」
「でも、本当に全然だけど、でも、でもね」
ぽたんって、ほら。
「嬉しい」
落っこちた。
「女の子が恋愛対象の翠伊くんとこうなれたのは、本当に嬉しい」
この人の柔らかいくせっ毛から落っこちた雫。
「こんな誕生日、最高すぎて」
嘘みたい。
「ありがとう、翠伊くん」
何度でも、いくらでも、落ちちゃえるんだって知らなかった。
「ふふ」
昨日は今日の誕生日のことで頭いっぱいだったんだ。サプライズにしたくて、でもなんも知らずに隣で眠る準備をする桜介さんに言いたくて言いたくて、すっごい我慢してた。ウズウズして、桜介さんのことをばっか考えた。大好きだなぁって思う。
今日は、さぁ誕生日だって、ワクワクしながら、驚いてくれるこの人のことを想像するだけで楽しくて、昨日よりも楽しくて、昨日よりも桜介さんが好きだなぁって思った。
仕事を終えて帰ってきたこの人を見つけた時も好きだなぁって思ったし。
今さっきセックスしてる時に、俺の腕の中で気持ち良さそうにしてるところを見てた時も、好きだなぁって、もっと思ったけど。
今、もっとずっと思った。
「もぉ、なんでそんな可愛いかな」
「ふふふ」
この人のことがすごく好きだって。
「今日、寝ないの?」
「えぇ? 寝るよ?」
「寝る気ありますか?」
「はい。あります」
「じゃあ、そんな可愛くしないように」
「えぇっ」
この人のことをこうやってずっと、きっと、ずっと好きになってくんじゃないかなって思った。何度でもこうして落っこちて。こうして恋が深まってく。
ずっと好きで。
きっと、もっと好きで。
だから、ずっと一緒にいたいって思うじゃないかなって。
思ったんだ。
今年だけじゃなく、来年だけじゃなくて、ずっと祝いたいって。隣で俺が、この人が生まれた日をお祝いして。「お泊まり」じゃなくて、一緒に暮らしたりとか、したいって。
「翠伊くん」
思ったんだ。
「翠伊くんの誕生日にもまたリンゴのワイン、飲もうよ」
俺の誕生日もずっとこの人に祝ってもらえたらって、願ったんだ。
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