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第82話 もしや、魔法使い?

 そして、二人がとても驚いた顔をしながら、互いを見つめあってた。 「原くん……」  俺は、そんな二人の間で、多分、一番、頭の中でぐるぐる考えを巡らせてた。 「わ、マジで? 林田? うわ、すご、偶然」  ホント。 「う、うん。あの、原くんがどうして、ここにって、え? 翠伊くんを送って」 「いや、仕事の付き合いで、この子が今バイトしてる事務所で打ち合わせだったんだけど、長引いたから送って、うっわ、本当に、マジか、すごいな、こんな偶然」  うっわ、も。  マジか、も。  言いたいのはきっと俺の方だ。  あと、「この子」って言い方がさ、今、なんか、ラインを引かれた感じがして、ムッとした。俺は年下で、この人と桜介さんに並んでない感じ。 「僕もびっくりした」 「何年ぶり? 林田、あんま変わってないから、すぐにわかった」  え、なんか、車降りて来ちゃったし。 「そんなことは……原くんはなんか」 「あはは、サッカー部だったから日焼けしっぱなし」 「うん」  絶対にさ。 「林田、去年の同窓会来なかったの、どうしたんだよー。俺、来ると思ってたのに」 「あ、そう、なんだ」 「あー、もしかして幹事の山本ってあんま仲良く無かったっけ。今の連絡先って、あいつ知ってる?」 「ううん。僕は山本くんとは、あんまり」  山本くんって誰ですか。 「そっかぁ。あ、じゃあ、山下は?」  山下って誰ですか? 「あ、山下くんも」 「そかそか。じゃあ、山田は?」  っていうか、「山」がつく苗字の奴が多くない? 「山トリオなっ、あはは」  ネーミングセンス……。 「じゃあ、連絡先」 「え?」  俺も、え? 「林田も同窓会呼ぶからさ。っていうか、せっかくだから、この機会に開催するよ」 「え、あの」  俺も、え、あの、今、俺、全然会話の外なんですけどって言いたい。  あと、今、フツーにスッと差し出してきた原さんのスマホを奪って、ポーンって、向こうの垣根に投げちゃいたい。しないけど、そんなことはしないけど。 「え、えと」 「……これ、俺の連絡先」  どれ、原さん。 「って、酒井くん、ごめんな。林田、同級生だったからつい盛り上がっちゃって。同じマンションなんだね。よろしく」  あ、全然、よろしくしたくなくなりました。 「あ、伊倉さんのところでまたお世話になると思うからさ。また送るよ」 「いえ、大丈夫です。普段は全然」 「気にしないでいいよ。車の方が早いでしょ? それじゃ、酒井くん」  そこで原さんがまた太陽みたいに笑って、手を振りながら車の運転席の方まで駆け戻った。早く車に乗ってください。そこ車道です、って言う俺の胸の内で呟く棘つきのアドバイスなんて聞こえるわけもないし、従うわけもなく、その運転席側のドアの前で立ち止まった。 「林田」 「う、うんっ」 「またな」 「……ぁ」  そして、やたら嬉しそうに微笑みながら原さんがようやく車に乗り込んで走り去ってくれた。  今、すごく、丁寧だった。めちゃくちゃ、意味を含んだ「またな」だった。めちゃくちゃ、わかりやすくてさ。  太陽みたいに眩しい笑顔にしかめっ面になりそうだった。  ほら、あの太陽を直視しようとすると眉間にギュッと皺を寄せて、目を細めるみたいに。  だってさ。 「…………びっくり、した。まさか、翠伊くんの仕事先? に、原くんがいたなんて」  絶対にそうじゃん。 「……あの人、桜介さんの初恋の人でしょ」 「!」 「わかるよ」  サッカー部で、誰にでも気さくに話しかける、陽キャで。そんで、高校は推薦で入って、入ってからも連絡のやり取りを続けてた。試合に一回、桜介さんを招待しようとした。けど、行かなかった桜介さんに何か怒ったのか、  そこで連絡は途絶えた桜介さんの初恋の人。  けど、たぶん、誰にでも気さくに話しかけるけど、桜介さんには特別ドキドキしながら話しかけてた。高校行ってからも、ずっと連絡は取り続けて、めちゃくちゃドキドキしながらサッカーの試合に招待した。活躍するところを桜介さんに見せたくて。けど、来なかったから、自分は好かれてないんだろうって思って、諦めた。原さんの密かな片思いの人が桜介さん。  んでさ。  きっと、今も、あの人桜介さんのこと好きだよ。っていうか、あのテンション見て、気がつかない奴いないでしょ。どう見たってそうじゃん。 「…………はぁ」 「! 翠伊くん?」 「めちゃくちゃ」  じっと、貴方が俺を見つめてる。 「初恋の人の出現にとても焦ってます」 「!」 「原さん、かぁ」 「!」  そして、華奢な手が俺の手をぎゅっと掴んだ。 「あ、あのっ、えと、原くん、だけど、でも、今はっ翠伊くん、です!」  あったかい手が必死に俺を掴んでくれた。 「それで、今の、翠伊くんのそれって、その」 「?」 「や、ややややや」  ついさっき、仲間外れに不貞腐れそうになった。うっわ、って呟いて、コンクリートの上に石ころでも蹴飛ばしてしまいたい感じに。 「ヤキモチだよ」 「!」  あーあ。 「ぅ、うん」  棘も、真横に向いたヘソも。 「嬉し……ふふ」 「……」 「ヤキモチ、妬いてもらっちゃった、ふふ」  全部治っちゃった。今、俺のそういうのが全部、桜介さんの桜が満開みたいな綺麗は笑顔に、さらっと治ってった。 「桜介さんって、魔法使い?」 「ひへ? え? なんで?」  だって、本当に一瞬で、治しちゃったからさ。 「なんでなんで?」 「とりあえず、部屋帰ろ。晩飯、どうしようか」 「あ、えと」 「納豆パスタにする?」 「うんっ!」  ほら、もう階段を四階まで上りきったところでは、晴れやかで、清々しいほどご機嫌になれちゃってた。

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