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第86話 いざ、林業体験!
たとえ、原さんが初恋の人だとしても、今、桜介さんが好きなのは俺で、付き合ってるのも俺で、自惚れじゃないけど、かなりしっかりラブブラだと自負できる感じなので。
「ヘルメット着用オッケー?」
どんなに神様が、あの夜、まるで引き合わせるように桜介さんと原さんを再会させて。中学生の淡い初恋を今でも引きずっているのなら、それはそれはすごいことだって、大人になったところで叶えてあげようとしても。
「えー、コホン」
全然、そうさせてあげるつもりないけど。
こっちは、全く譲るつもりないんで。
「じゃあ、林業体験をしていただきまーす。今日は安全第一でよろしくお願いしまーす」
神様にえこひいきされてるかもしれない原さんの声が、静かで少しひんやりとさえする山の中に響き渡った。
林業体験自体はちゃんとやりたいって思ってる。きっと、将来、建築士になれた時には役にたつと思うし。
――今の時期、社会科見学とかで小学生が林業体験に平日来てるんですよ。だから、もし可能なら土日の辺りでどうかな。
ただ、原さんの片想いは断固対抗する。
俺が小学生に混ざればいいじゃん。全然それでかまいませんけど。なんなら小学生に混じって、一緒に倒木の作業とかするしって言ったけど、原さんはそんな意見は聞こえないみたいに完全にスルーしてきた。そして、まるで何かいいことを思いついたみたいに、パッと顔を上げた。
――土曜日どうですか? あ、一人だとあれだし。じゃあ、林田も呼んで。
あれだしって、何? 何がどうなるのとあれだからで、桜介さんも林業体験することになるわけ?
あ、じゃないし。じゃあ、でもないし。
わざわざ土曜日にすることないじゃんって思うんですが。
でも、伊倉さんがじゃあ、そうだねって、言っちゃうから。俺も、社会人として、今後の学びにって伊倉さんが用意してくれた貴重な場を、恋愛で、ごちゃっとさせちゃうのはね。大人としてどうかと思うし。土曜日は居酒屋のバイトもなくて、本来なら、そのアイデアが一番いいわけです。伊倉さんのところ、今、けっこう忙しかったからさ。俺みたいなスポット参戦のアルバイトでもいてくれてとても助かるんだって言ってもらえてたし。だから、原さんが土曜日に林業体験をって提案した瞬間、ちょっと、それは助かるって顔をしてた。ホッとしたような感じ。そしたらさ、俺も平日は抜けない方がいいなって思うじゃん。公私混同は良くありませんって、なるじゃん。だから伊倉さんのところでのアルバイトはちゃんとやりきりました。
が、神様の意向には抗うんで。
こっちも神様を初恋成就のために味方につけた原さんに対抗するため、強力助っ人、準備してきたんで。
「なぁー、なんで俺も林業体験?」
その名も稲田さん。
「いいんです。林業、一緒にやるんですっ」
「はぁ、なんで、俺土曜日の休みに山登り?」
「僕ら車がないので」
「え? 足? 俺、足に使われてるの?」
「ごめんっ、稲田っ」
そう車がないってことにして稲田さんを巻き込んだけど、桜介さんはマジでそれが理由だと思ってるんだろうけど。
違います。
「とりあえず、稲田さんには後で夕飯奢るんで」
「えー、それより、俺は女の子を紹介」
「えええええっ」
「ちょ、桜介さん、危ないから、じっとして」
「え! はい!」
足場は決して良くない山の中。石もゴロゴロある。しつこいようだけど、職場っていう慣れている場所でドアを開けてあげようとして、自分がハンドルに吊り上げられちゃう不器用なような、器用なような人は、こんな足場の悪いところじゃ、何がどうなるのかわからないから。
それに飛び上らないでよ。しないってば。女の子の紹介なんて。
「じゃあ、始めましょうか」
乗り気だったんだよね。桜介さん。
土曜日で、仕事がせっかく休みの日で、ゆっくりしたいはずなのに。それに、土曜は居酒屋バイトないけど、明日はあるからさ。一日、夜もずっと一緒にいられるのって、この土曜日だけなんだ。その土曜日が丸潰れになるのに。
――行く!
すっごく嬉しそうだった。
すごく乗り気だったんだ。
――えぇ……俺も?
稲田さんみたいな、渋々って感じのリアクションじゃなかった。
なんか、めちゃくちゃ嬉しそうでさ。
遊園地デートする? って質問したっけ? って思ったくらい。
それが、ちょっと、なんというか――。
「翠伊くん?」
「! あ、うん。何?」
「そこ、大きな石ころあるから、気をつけてね」
桜介さんが俺の足元を指差した。
「大変な環境での仕事なんだね」
「……うん……そう、だね」
ちょっと、ほら。
「はーい、じゃあ、まず、林業っていうのは……」
「は、はいっ」
楽しそうっていうか。
嬉しそうっていうか。
「……なるほどぉ」
目がキラキラしてて、それがちょっと、なんとなく、なんか、だった。
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