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第88話 やだね。

 林業体験はお昼ちょっと過ぎに終えた。終わるの早いんだなぁ、って思ったけどそりゃそうだよね。山での作業なんだから日が落ちる前には降りてこないと。それに天候にも左右されるんだろうし。雨が続けば収入にも影響がありそう。  決して高額じゃない収入な上に安定していない、そして屋外で真夏ともなれば信じられない気温の中で作業をしないといけない。夏は暑くて、冬は寒くて。  それじゃ、成り手は減る一方でしょ。  あー、けど、伊倉さんみたいに木材の大切さを理解して職人の人たちのことも考慮していたら、安定的に需要と供給を――。 「疲れたろ?」 「!」  山を降りてすぐ、山道に続く開けたところで、一杯コーヒーを飲んでたところだった。  原さんの車はなんでも揃ってそうな、まるで秘密基地のようで、小さなモバイルバッテリーまであった。だからこの車が一台あれば、何不自由なく暮らせそう。  原さんがその車の中にある棚から、木の欠片で作ったマグを取り出し、コーヒーを淹れてくれた。 「じーっとどっか見つめてるから疲れたんだろうなぁって」 「……いえ」 「そうか? 多分明日辺り筋肉痛になるぞー? 案外山登りってきついから。今日はそうでもないポイントで作業してもらったけど、それでも相当大変だっただろ」  大変じゃないってば。  本当は大変だったけど。  でも、この人はそれを生業にしてて、普段はもっとしんどいことを一人でやってる。なら、俺も負けたくなくて、このくらいなへっちゃらだって顔をした。その意地がちらりと俺からはみ出てたのか、原さんが小さく、クスッと笑った。そのことに余計に意地を張りたくなってくる。 「林田とは……」  桜介さんは、すでに足が痛いし、腕も上がらないとブーブー言ってる稲田さんの片付け手伝っている。 「あー、いや、なんでもない」  その桜介さんの方を一度見てから、自身の車の背面の扉を屋根代わりに開けて、後ろの荷台シートのところに腰を下ろした。  きっと、中学の時もこんな感じに足踏みしてそうって思った。だから――。 「俺ら、付き合ってます」  だから、俺はその足踏みの間に一歩、桜介さんの近くに進む。 「……」 「俺と桜介さん、ですよね? 付き合ってます」  目を丸くはしてるけれど無言だった。 「それが聞きたかったんですよね」 「……」  俺は足踏みしないから。 「…………すごいな。そんな臆することなく言っちゃえるの」 「……」 「いやぁ……」  原さんがポリポリと頭を掻いてる。 「臆することなんてないと思いますけど」  好きな人が同性ってだけじゃん。それで世界が逆周りをするわけじゃないし、お隣の、うちでいったら、おじーちゃんとおばーちゃんに迷惑かけてるわけじゃない。  何も悪いことはしてないでしょ。 「そうだな。……うん。確かにそうだ」  原さんは納得したとしっかり頷いて。それからもういつの間にか空っぽになっていた木で作ったマグを握りしめた。 「俺も、林田のこと好きなんだ」 「……」  そして、そんな原さんにひと息ついてもらうみたいに風が吹いてた。確かに山の中は涼しかったけど、それでも木を担いだり、引っ張ったり、背負ってみたり、じんわりと汗が滲むくらいには暑かった。だから、今、風が頬に当たると心地良いって感じる。 「中学の時からずっと」  何、これ。  すごい、対戦って感じ。 「高校の時に、告白しようかなって思ったけど、タイミングなくて」  知ってる。きっと試合観に来てって言った、あのタイミングでしょ? 桜介さんがそれ話してたよ。そこから疎遠になったって。  長いよね。そこからずっとって考えたらさ、その間、たとえば大学とかで他の誰かと付き合ったとしたって、今もこうして気持ちが残り続けたってだけでもすごいなって思う。ドラマじゃん。そんなの。俺はきっと中学の時に付き合ってた子とかに今再会しても懐かしいなって思う程度で。そこまで気持ちが蘇ることはないんじゃないかな。それだけ、原さんにとっての桜介さんとのことはしっかり残り続けてて、風化もしてないし、枯れてもいない、ただじっと芽吹くのを待ってた気持ちなんだろう。  もしかしたら、それは桜介さんも同じかもしれない。  少しだけ水を上げたら、目を覚ましたみたいに、急に土の中から顔を出して枝を伸ばし始めるかもしれない……けど。 「諦めたんだけど、まさかここで再会できると思わなくて。これはって思ったんだ」  だよね。きっと、俺でもそう思うと思うよ。 「だから、言ってもいいかな」  やだって、メチャクチャ言いたいんですけど。  桜介さんが今好きなのは俺なんでって言って、近寄るなって言いたい。  は? 今更じゃない? 高校の時に、いや、もっと前、中学の時に言わなかったんだから、今頃になって言うのは反則じゃない? って、言いたいけど。 「酒井に、気持ち」  そっぽを向いて、今、稲田さんの片付けを一生懸命に手伝ってるあの人を見つめた。頑張れって言いながら、無邪気なあの人を。 「…………そこは、俺がダメとか良いとか言うとこじゃないと思うんで……けど」  やっぱ……やだって、メチャクチャ、言いたい。 「ダメです」  あの人のこと、離したくないから。 「桜介さんのこと、諦めてください」 「!」  原さんの中学の時の片想いなんて知らない。  高校の時にタイミング逃して告白できなかったとか、知らない。 「俺と、桜介さん、付き合ってるんで」  今も好きとか、知らないから。 「邪魔、しないでください」  そう言って、桜介さんの手伝いをしに、あの人の隣を陣取りるために立ち上がった。

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