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第91話 柴犬だよね。

 もう告白されたかなぁ。  あー、でも、そういえば、同窓会をまた開くとか言ってたっけ。桜介さんが前の同窓会に来てなかったから、今度は桜介さんも入れて開催するって言ってた。山トリオ? トリオ山? 謎の、「山」が必ず苗字についてた三人がどうのって話してたけど。  じゃあ、その時かな。  その同窓会、俺のバイト先の居酒屋でやってくんないかなぁ。そしたらめっちゃ見張るのに。いや、けどそこで止めに入って騒ぎになったら、店長に迷惑かけるか。  じゃあ、せめて迎えには絶対に行きたい。  そんで、あの人のことを原さんから――。 「翠伊くん!」 「! ぇ……桜介さん?」  ロールケーキを振り回してしまわないよう気を受けながら、駅から歩いてた。歩きながら原さんが桜介さんにいつ好きだって言うのか、そんな心配をぐるぐる考えてた。俺にはどうすることもできないことだけど、それでもふと、手が空いた時とか、そのことを考えては、溜め息が出そうになって。  今も、はぁ、って小さく溜め息をついたところだった。  そしたら、十字路の小さな交差点のところに、桜介さんがいた。 「え、どうか、した? なんか、買い物とか?」  もう十二時になるよ?  言ってくれたら俺が買ってきたのに。ついでに。家着の格好でこんな遅くに出歩いてちゃダメじゃん。  慌てて駆け寄ると、じっと桜介さんが俺を見つめてる。 「? 桜介さん?」 「ううん。あの、えと、筋肉痛が心配で。でも、一つ手前の駅で降りたのか、最寄りのところで降りたのかわからなくて」 「ぁ」  それでここで待ってたのか。  ちょうどこの十字路を俺から見て左側に曲がると一つ手前の駅へと続いてる。俺が来た方向には最寄りの駅があって。どっちの駅からマンションに向かうにしてもここでちょうど道が一緒になるところ。 「大丈夫だよ。筋肉痛は、ちょっとお客さんには心配されたけど」  怪我してると思われて、何度か、常連さんが、テーブルに料理を運ぶのを自主的にやってくれたりして。慌てて怪我じゃないから大丈夫、って断った。店長にいたっては筋肉痛でぎこちなく動く俺を見て笑ってたし。 「ロールケーキもらったんだ。大学の、リナって、元カノだけど、今はマジでただの友だち」 「うん」 「春休み旅行に行ったらしくて」 「ぇ、あ、春休みっ、あの」 「?」 「ごめん、そっか、大学生って春休みに旅行とか、行くんだ。僕、高卒だから、全然そういうの思いつかなかった」  いいよ。気にしないで。そう言って笑った。  別に大学生は春休みに旅行に行きましょうってわけじゃない。義務じゃないし。行きたいことなかったし。  それもあって、伊倉さんのところのバイトしたんだし。桜介さんは春休みないから。 「でも、せっかくの長いお休みなのに」 「全然いいよ。けど、それじゃあ、連休とかに行こうよ。もう今月末じゃん? 会社、そこは休みでしょ? それまで旅行代貯めておくし。って、空いてるのかなぁ」  そんな繁忙期にこんな直前で予約取れるのかな。もうどこもいっぱいだよね、きっと。  社会人のそういう大型連休って高くて驚いたのを覚えてる。去年、ちょうど、今の時期に大沢たちと春休み旅行を計画してた時に、その一ヶ月後の大型連休となると宿泊代が一万くらいは上乗せされてて、うわ、マジか、社会人大変だなって思ったんだ。大学生でラッキー、なんて思った。  だから、超ハイシーズンでも大丈夫なように、バイトしておく。 「桜介さん、どこ行きたい? 沖縄とかはさ、さすがに飛行機取れなそうだし。近場で……でも、混んでないとこ、あ、けど、レジャー施設じゃなくて、温泉とかでのんびりとか?」  大人って感じでさ。あっち行って、こっち行って、あそこで飯食って、ここで遊んで、みたいに詰め込まない感じの方がいっか。普段、仕事で疲れてるだろうし。近場で、電車乗り継げば行けそうな海とか? 山とか? そこで一泊のんびりするのでもいいよね。 「あ、けっこう空いてる。海の方が海鮮うまいよね。連休の初日のとこ。ほら」  温泉旅館も空いてた。あと、カルフォルニアスタイルだって、なんだろ。けど、伊勢海老のステーキ付きとかすごくない? フレンチなんだ。うわ、すご。他にもけっこう空いてる。げ、ここ一泊一人十三万だって。こんなところ、すごいんだろうな。 「ぁ」 「?」 「えと……連休の初日は、用事が入っちゃって」  心臓が、ビョン、って跳ねた。 「あの、原くんが、同窓会を開くらしくて」  来た。ついに。  そう思った。 「僕がいなかったからもう一回やろうみたいに、声かけたらしくて、その山下くんが集めてくれて、だから」 「へ、へぇ」  出た。山トリオ。トリオ山。の、一人。  そして、原さん、しっかり外堀り埋めてる感すご。もう絶対に真面目な桜介さんが断れないようにしてるし。案外、すっごい狡賢くない? あの人。なんか、太陽キラキラあははな陽キャと思いきや、意外に用意周到っていうか。 「でもっ、初日なので! そのあとなら、あ、えっと、僕の勤めてるとこ、完全カレンダーと一緒だから、飛び飛びで出勤が入ってるんだけど、でも、あの五月ならっ」 「うん」  そこで告白する気満々じゃん。 「じゃあ、その同窓会の後に、旅行行こっか」 「う、うんっ!」  同窓会の後に旅行、か。 「あ、そういえばさ、あのさっきのメッセージの、スタンプって、柴犬だよね?」 「ひへ?」 「リナがカワウソだよって」 「え? 柴犬でしょ?」 「だよね」  楽しい旅行になるといいな。  そう心の中でぎゅっと願いを握り締めるように思ったら、ロールケーキの入った紙袋を持つ手が少し力を込めて、その紙袋がざわつくみたいにガサゴソと音を立てた。

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