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第92話 かっこ悪い
久しぶりの大学は懐かしくて、ちょっとホッとする。
ずっと伊倉さんのところで、気を張ってたんだと思う。知らないスーツの人たちの打ち合わせにずっと付き添うのは講義を聞いているのとは全く違って、一日終わる頃にはヘトヘトになってたから。
英語の授業を聞いてる時に似た感覚だと思う。張り詰めて、耳を澄ましていないとただの明日の予定ですら頭に入ってこないみたいな感じ。
だから、片道二時間っていう長い距離も、実はそんなに苦だとは思わなかったんだ。乗り換えの回数が少ない分、ずっと乗ってるから休憩みたいに居眠りして過ごしてたりした。
「おーい、翠伊ー」
振り返ると大沢が春とはもう言えない強い日差しに眩しそうに目を細めてる。
「元気だった?」
「まぁ」
あー、この感じ。座って、耳をなんとなくでも傾けてたら理解できる日本語の講義を聞いてる感じ。
「そっちは? 全然、暇じゃなさそうだったじゃん。彼氏さんとは上手くいってんの?」
「まぁ」
「そかそかー。あのアナログ教授が紹介してるバイトどうだった? ためになる事多い感じ?」
「まぁ」
「そっかー。じゃあ、俺、次の夏休みは応募してみようかなぁ。就職あるもんなぁ」
「まぁ」
「あーでも、とりあえず前期が始まりましたで、飲み会するんで。場所がさぁ、ここなんだけど、リニューアルしたらしくて、ちょっと楽しみなんだよねぇ。写真だとすっごい雰囲気良かったからさぁ。女子のテンションが上がってくれると思うわけよ」
「……え!」
「うおっ、びっくりした。急にちゃんと返事すんなよ」
それじゃあ俺が大沢の話はだいたい聞き流してるみたいじゃん。聞き流してる場合が多いけど。
「場所……」
そこに俺が食いついた。
だって、その場所、桜介さんが同窓会をする場所の近くだったから。
山下くんが幹事を務めてる同窓会。
――えっとね。同窓会って言ってるけど、いつもただ飲み会みたい。けっこう山下くんたちは仲が良くて、同じサッカー部だったからかな。えと、場所はね、ここ、なんだ。僕、詳しくないけど、居酒屋さんだったよ。
サッカー部の飲み会にサッカー部じゃない自分が行くのってどうなのだろうと首を傾げてた。そう思うよね。
けど、理由はサッカー部じゃないから。サッカー部の楽しい飲み会じゃないから。今回に限っては。
ただ桜介さんに告白するために、桜介さんを呼び付けることが目的の同窓会だから。
だからサッカー部だとか、サッカー部じゃないのに、とか関係ないよ。
「え もしかして来る? 翠伊?」
「行く」
そしたら、どさくさ紛れに、あの人のことを原さんから奪えるし。
あ、近くだったんだ、って言って。今はほら、まだあの人は本当に飲み会みたいな同窓会にお呼ばれしちゃって、あはは、なんて思ってるだろうから。かといって、あの人、いまだに桜介さんのことを好きだから、行っちゃダメって言うのも、なんというか、ね。
桜介さんの中では終わった中学の初恋が、終わってなかったんだって、リバイバルしちゃってもやだし。
わかってるけど。
そのあたりに自信が持てないのはカッコ悪いって思うけど。
過去には勝てなかったりするでしょ?
どう足掻いたって、中学のキラキラした淡い初恋が、実は実ってたなんてさ。今の恋愛よりもそれはキラキラしちゃってるかもしれないじゃん。
桜介さんはなんでも大事にする人だから。
「うおおお、翠伊が久しぶりに参加するんだったら、めちゃくちゃ盛り上がる」
「いや、フツーでいいって」
「あはは」
本当になんでも大事にする人だからさ。
きっと中学の初恋だってすごく大事にしてると思うんだ。
まるで宝物みたいに大事にしまってる。
情けないって呆れられるかもしれないけど。
俺はその宝物に勝てないかもしれない。
そこに自信が持てない理由がわかってるから。
――すごい……。
林業体験の時に、原さんの話を聞いてそう呟いてた。
――けど、こうして循環ができるようになるには数年かかるんだ。かといって成り手も少ない仕事だからさ。
大学に来て、なんとなぁく講義受けて、バイトして、なんとなぁく飲み会に行って、なんとなぁく、女の子と付き合ってた俺とは、全然違うでしょ。意義をしっかり持って仕事をしてる原さんは。
――給料安いし、危険だし。
ぶっちゃけさ。
かっこいいって思うんだ。
――お給料は安いかもしれないけどすごい仕事だと思います。原くんのお仕事。
ね。桜介さんもそう思ってる。
だから、必死に防御しようとしてる。
桜介さんがあっちに行っちゃわないように必死に。
「じゃあ、一人、追加しとくかんな」
「……うん」
「ドタキャンすんなよ! やっぱ彼氏さんに行かないでって言われたから、とか」
「その日は、あの人、用事あるから」
桜介さんのキラキラとした初恋に勝てるほど、ちゃんと頑張ってなかった。
俺も、今は頑張ってはいるけど、ずっとちゃんと頑張ってた原さんに比べたら、全然で。
そんな原さんの方が、いつも丁寧で、いつも頑張ってきてた桜介さんにはお似合いなのかもしれない。
それでも、やっぱ、桜介さんを捕まえてたくて、カッコ悪いくらいに、今、必死なんだ。
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