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第94話 「ぴ」なし

 ――中学以来なんでしょ? すごい久しぶりなんだし、ゆっくりしてきなよ。二次会だってあるなら行ってきてさ。帰りは俺、送るっていうか、同じマンションだから。大丈夫。桜介さんのほうの同窓会が終わるまでのんびりしてるし。こっちがもしも早く終わったら、どっかカフェでのんびりしてるからさ。  気をつけて行ってらっしゃい。  なんて、余裕あるフリして見送ったけど。  けっこうソワソワしてる。  あのー、連絡ないんですが? って、頭の中で小さな自分が問い合わせをめちゃくちゃ何度もしてくる感じ。  すみませーん、連絡、何時ごろになりますかー? って、胸のところで騒いでる。  おーい、まだですかー? って。  今、九時になるところ。七時開始って言ってたから、どうだろ。そろそろ終わり?   やっぱ、終わりの時間とか訊いとけばよかった。  余裕ぶってさ、終わりの時間なんて気にしないでいいよとか言っちゃったんだよね。だって、ただの同窓会ならさ、楽しんでほしいじゃん。ただの同窓会だったら、時間のことなんて気にしないで友だちと和気藹々してほしいじゃん。  でも、ポケットに入れてるスマホがすごく気になってる。  微動だにせずにいるスマホに突然着信とかメッセージの受信が来るんじゃないかって。  もしかしたら二時間半のコースかもしれないし、三時間コースなのかもしれない。教えてらったのは開始時間だけ。  まだ連絡ないんだよね。  まさか、とか。  もしかしたら、とか。  それから、原さんと桜介さんが向かい合って何か話してる光景。  そんなのがぐるぐる頭の中を駆け回っててさ。 「おーい! 翠伊ー! 久しぶりなんだからたくさん飲んでるかー?』  大沢が人一倍はしゃいでるけど、こっちはそれどころじゃなかった。  全然、実際は余裕なんてない。ここで交わされる会話も右から左に流してた。 「あ、もう、チューハイないじゃんか!」 「え、あ」  しっかりできあがってる大沢が俺の肩をバシバシ叩きながら、空になったグラスを俺の前から取り上げた。 「ちょい待って、今、頼むから」  そう言いながら、タブレットでオーダーの追加をしてくれた。  こっちの飲み会はけっこうな人数が集まってた。何繋がりの飲み会なのかはわからないけど、リナもいて、さっき、「珍しいじゃん」って笑ってた。今はリナと同じ学科の子たちと楽しそうに別テーブルで盛り上がってる。 「翠伊くんが来るの珍しいね」 「え? あぁ、まぁ」  突然、話しかけられて顔を上げた。 「付き合ってる人がいるって言って、最近顔出さなかったじゃん」 「あー、まぁ」 「あ、もしかして、別れた?」  俺の前に座ってたその子が身を乗り出すようにして、目を輝かせた。ニットの襟口がかなり大きく開いてるから、前に乗り出すとちょっと胸元が大胆にチラ見してる。  大胆に、チラ、見って、日本語的になんか変だけど、 「別れてないよ」  そうすぐに答えて、大胆にチラ見させてる胸の方からは視線を当たり前みたいに外した。 「全然」 「えぇ? そうなの? てっきり別れて、今、フリーなんだと思ったぁ」 「フリー……にはきっとならない、かな」  うん。きっと、ならない。 「でも、相手って……」  同性だけど。男同士だけど。  俺は、なりたくない。フリーに。  あの人とは。ずっと。  そうあの人本人に言ったら、驚くかな。今、目の前にいる女の子みたいに。目を丸くしてびっくりした顔するかな。  え? そこまでなの? って。 「ずっと、今付き合ってる人と付き合ってたいって思ってる」 「……」 「まぁ」 「?」 「向こうが俺のこと振らない限りは、だけど」  スマホを取り出してみたけど、まだ特に連絡は入ってきてなかった。  確か、言ってはある、はず。ゆっくりしてきなよ。でも、帰りは一緒に帰ろうよって。そっちが終わるまで俺もこの辺でぶらぶらしてるからって、言ったはず。  だから、一緒に帰るよね。  今頃、どうしてるんだろ。  どんな話してるんだろ。  ちょうどそこに大沢が頼んでくれたレモンチューハイが届いた。待って待って、ほらって、足止めするみたいに俺の目の前にチューハイがドーンって置かれた。  けど。  そろそろどっかカフェに移動しようかな。  あの人から連絡があったらすぐに身軽にひょいって現れて、あの人をお持ち帰りできるように。大沢にそろそろあの人迎えに行くからって挨拶だけして、俺の分の代金をとりあえず大沢に託して。 「え? 帰るの?」 「あーうん。そろそろ。それじゃ」  桜介さんをお持ち帰りしに行くために、最後のチューハイを一気にぐびっと飲み干した。  まだ連絡はなし。  楽しんでるかな。  楽しんでてくれたら嬉しい。  原さんとも和気藹々、ただの同窓生として盛り上がって楽しく話してくれてたら、全然、いいよ。あの人が楽しそうにしてくれるのは、嬉しいから。  居酒屋を出て、桜介さんたちが飲んでる辺りへ向かおうとしてた。 「翠伊!」  ちょっと呼び止められてびっくりした。 「翠伊っ」  初めてだったから。 「帰るの?」 「……ううん」  リナに「ぴ」なしで呼ばれたのは、初めてだったから。 「桜介さんを迎えに行くとこ」  ちょっとびっくりした。

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