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第96話 ラブストーリー
まるでドラマのワンシーンみたいだった。
今から、ずっと中学からすれ違ってた片想いがようやく重なる、そんな感動シーン。俺はその傍観者で、恋を実らせることはなかった横恋慕キャラみたいな立ち位置。繁華街の賑やかさの中、二人にはそんな雑多な音が届かないくらい、お互いの目を見つめ合って。俺は道の端で、自販機の影に隠れてそこから飛び出すのも許されなさそう。
「林田」
「……」
彼が告げる。
「あの、さ」
好きだって。
「あの……」
長年、消えることのなかった気持ちは口にするのはちょっと震える。緊張してる。普段は人見知りなんてしないし、人と話すことに少しも躊躇なんてしないのに、今だけは、喉奥で何かがつかえてるみたいに、言葉が途切れ途切れになってる。
「俺、林田のこと」
それでも彼が告げて。
「ずっと前から、さ。その、中学生の時から好きだった」
「……」
「……今も」
あの人は、そんな彼をじっと、真っ直ぐに見つめながら、来ていたカーディガンのポケットをぎゅっと握った。そして――。
「あの、えと……」
柔らかいその声が戸惑いながら、次に何を言うんだろうって、俺は心臓が止まりそうだった。今、駆け出して言って、邪魔しないとなんだけど。動けなくて。足が地面にくっついてて。
「あり、がとう」
声も、出し方忘れた。
「でも、」
「俺っ、中学からずっと実は好きだったんだ。その、高校の時、サッカーの試合に林田のこと呼んだことあっただろ? 本当はあの時、告白しようと思ってたんだ。けど、林田来なくて、諦めようとしたけど、諦めきれなくて、ずっと、今まで。だから、この間、会えた時、マジで奇跡って思った。今度は絶対に言いたいって思って、俺っ」
「でも、僕、翠伊くんが好き、です」
「……」
「あの、すごく、嬉しい、です。ありがとう、ございます」
「……」
「僕も、中学の時、は、原くんのこと、好きだったから」
「……」
「でも、今は、翠伊くんが好きです」
「……」
「諦めようとしたけど、諦められないから、僕から、翠伊くんにアタックしました。あの手、この手、って、して、しがみついて、頑張って」
「……」
「翠伊くん、女の子が恋愛対象だから」
「じゃあっ」
「だからっ、いつか、戻っちゃうかもしれないけど。それはすごく悲しいんだけどっ、でもっ、それでも、今だけでも、付き合えて嬉しいから」
「……」
「今、翠伊くんと付き合えて、夢みたいな毎日だから」
「……」
「ごめんなさい」
深く、深く、頭を下げた。
「原くんの気持ちにはお返事できません」
「……」
「同窓会、楽しかったです」
「……」
「そろそろ、帰ります。翠伊くんのとこ行きます。きっと、女の子がいっぱいいる、から」
「そんなの、いつかっ」
「でも、翠伊くんのこと、好きだから」
「……」
「なので、ごめんなさい」
「……」
「それじゃ」
あぁ、やば。
こんなの初めてだ。
「っ」
好きって言われて、泣きそうなのは、初めて。
俺は桜介さんのくれる言葉の一つ一つに涙が溢れてきそうで、その場に俯いて、自分の足元を見つめた。やばいよね。繁華街でさ、腰を折って、地面見つめてるとか。どーした? 酔っ払い? って感じだよね。
「……はぁ」
手のひらを合わせて、その合わせ目に吹き付けるように背中を丸めて溢した溜め息もほら、震えてる。
「ぇ……翠伊、くん?」
呼ばれて顔を上げると、桜介さんが驚いてた。俺の顔を見て、大慌てで駆けつけてくれる。
原さんは、もうそこにいなかった。
桜介さんは立ち去った原さんに振り返ることはなくて、俺だけを見て、目を丸くしてる。そりゃ、驚くよね。俺だって桜介さんが道端で腰を折って、地面見つめてたら倒れるんじゃないかって慌てて駆け寄るし、心臓止まるくらいにびっくりするよ。
「翠伊くんっ? 大丈、ぶ……」
そんなふうに心配してくれるこの人を受け止めるようにぎゅっと抱き締めた。ぎゅって、苦しいくらいに、ここが繁華街なのとかももう全然無視して。人目も気にせず、抱きしめた。
こっちの方がドラマのワンシーンみたいでしょ?
原さんと桜介さんよりさ。
俺と桜介さんの方がロマンチックなラブストーリーみたいっぽくない?
こっちの方がラブストーリーでしょ。そう主張するように。
この人のこと、離したくないから。
どこもあげたくないから。
誰にも、譲りたくないから。
「翠伊くん?」
きつくしっかり抱き締めたんだ。
ね、桜介さん。
俺、今、世界一幸せだと思う。
「あのっ、翠伊くん? 具合悪い?」
最高に、幸せだって思う。
「あの」
「具合悪くないよ。ただ、嬉しかっただけ」
「?」
不思議? 腕の中の桜介さんが頭の中にハテナをたくさん浮かべてそうで、思わず笑った。
「桜介さんのこと抱き締めたかっただけ」
「……」
キスもしたいけど、さすがにそれはやめておいた。桜介さんが同窓会してた店、すぐそこだったから。
「二次会、行かないの?」
「? うん。行かないよ。翠伊くんこそ、いいの?」
「うん。行かない。っていうか迎えに来た」
「そっか、ふふ」
そこで、ふわりと桜が満開になったみたいに笑った。綻ぶように笑った顔がたまらなく可愛いから、めちゃくちゃキスしたくなるけど。
「じゃあもう帰りますか? 翠伊くん」
「うん」
山トリオに見られたら、困らせるかなぁって思って、やめておいた。
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