101 / 117

第101話 夢から醒めたら

 有頂天ってきっとこういうこと。  今まで、将来を考えたことなかったけど、桜介さんとなら、考えたい。次の夏に何しようとか。俺の誕生日には何をもらおうかなとか。クリスマスはどうやって過ごそうかなとか。来年とか、再来年とか。  社会人になった後の自分と、その隣にいる桜介さんの笑った顔。  この人の寝顔をずっと見てたいなぁ、って。  引っ越しとか、する?  んー、けど、狭い? でもさ、お隣はおじーちゃんとおばーちゃんじゃん。カップルじゃん。それでも過ごせてるからいけるかな。完全一人世帯向けのところじゃないし。でも、お隣さんだからわざわざ引っ越しする必要はない感じ?  そうだ。  桜介さんの職場ってどの辺りなんだっけ。  遠いんだっけ?  そこの近くに引っ越す?  んー、けど、俺の就職先がわかんないし。  さすがに、伊倉さんのとこだと遠い。それに正社員を一人増やすのはさすがにしないだろうなぁ。アルバイトがたまに手伝う程度がちょうどいいよね。  じゃあ、しばらくはまだお隣さんがいいかな。今もほぼ一緒にいるし。だから今までとそんなに変わらないかも。あ、けど、着替えとか、もう少し運んできてもらおうかな。 「……」  そんなことを考えてた。ふと、目が覚めて、腕の中で眠ってるこの人の寝顔を見てた……んだけど。  ねぇ、多分、だけどさ。 「……、……、……」  ね、起きてる? 寝てると見せかけて。起きてる。 「…………、…………」  よね? 「…………」  だってほら、口、ぎゅうううって閉じてるし。ほんのわずかだけど、瞼がピクってした。 「…………」  あ、ほら、また。  今、朝の五時半。もうこのくらいの時期だとこの時間は明るくなってるんだ。桜介さんと出会った頃なんてもっとずっと暗かったのに。  季節、変わったんだなぁ。 「……ね、桜介さん」 「!」 「……起きてるでしょ」  寝てます。寝ています。僕は今ぐーぐー寝ています。  そんな顔してるけど。 「桜介さん?」  いやいや、絶対に起きてるから。 「なんで狸寝入り?」 「っ、っ、っ、っ、っ」  そんな唇をぎゅうううって結んで寝てたらびっくりだから。 「桜介さん?」  そっと、昨日たくさん掴んじゃった細い腰に手を置いた。それからじっと覗き込んで、顔をキスできるくらいの至近距離まで寄せていく。そしたらほら、きっと、吐息が触れるからめちゃくちゃ近いってわかってるはず。っていうかもう、肩に今力が入ったのわかっちゃってるし。 「桜介さーん」  起きてくださーいって、前髪がくすぐったくなるほど顔を近づけたら、目をぎゅっと強く瞑った。  なんで狸寝入りしてるのか、マジで不思議で、けど、きっと多分可愛いこと言い出しそうだし、もうすでに目をぎゅっと瞑ってるのが可愛かったから、笑いながら、いつ、その真っ黒な瞳がこっちを見るのかなって、覗き込んでた。  そしたら、そっと布団の中にあった手を、恐る恐る、自分の顔の前に持ってきて、両手で顔を覆い隠した。 「?」  なんだろうって、首を傾げたら。 「も」  も? 「もしかしたら、やっぱり、さすがに、ずっと一生なんて言ってもらえるのは」 「……」 「夢なんじゃないかと思って、夢だったら、目開けたら、醒めちゃいそうだから」 「……」 「…………閉じてます」  えぇ? それで、ぎゅっと瞑ってるの? 目? 「っぷ」 「んひゃ、あははは」 「あははは」  桜介さんの腰に置いていた手で、こちょこちょってくすぐって、貴方が大笑いをしてる。俺は、なんでそんな可愛いこと思いつくんだろうって笑ってる。そんな二人分の笑い声が布団の中に篭ってくすぐったくて、もっと笑った。 「ひゃ、あ、ははっ」  ね? 「目、開けても夢じゃなかったでしょ」 「……うん」 「ずっと、俺の顔が隣にあるよ」 「……」 「むしろ、飽きちゃうかもしれないじゃん」 「そんなことっ」 「けど、いるけどね。俺、多分、諦め悪いよ」 「!」  だって、こんなに好きになった人初めてだから。  ね、多分さ、桜介さんより俺の方がすごいと思うんだ。今まで付き合ったこと何度もあるけど、こんなふうになったことないってことはさ。  つまりそういうことだよ。 「桜介さんは、特別好き」  その瞬間、キラキラって、確かに星が桜介さんの真っ黒な瞳の中で踊った気がした。きっと、まだ顔は出してないけど、まだまだだけど、届き始めた朝日がカーテンの隙間から差し込んで、部屋の中を明るくしたからだ。 「ほ、本当にっ?」 「本当に」 「ぼ、僕があの、ブランディシの綺麗なランジェリーなんて到底似合わない、今も、別に、似合ってるなんて自惚れたりしないけど、でも、そういうの履いたら笑われちゃいそうなおじさんになっても?」 「うん」 「その僕が、もっと」 「うん」 「っ」  二人で寝転んだまま、じっとお互いの目を見つめた。  ジーって、見つめて。  その瞳にお互いの寝起きの顔が写ってる。 「……ほんと……に?」 「うん、うーん……どう、かな」 「えっ」 「夢かどうか、もう一回確かめた方がいいかもしれない」 「えぇっ」  キスをした。 「ね、桜介さん」  もう一回、これが夢かどうか確かめた方がいいかもしれないから、キスをして、昨日何度も抱き締めた愛しい人を引き寄せた。  抱き締めると温かいこの人の、くるんと跳ねた黒髪にもキスをして。 「確かめよう」 「……ぁっ」  それから、昨日もたくさん抱き合った身体を重ねて、朝の五時半。 「う、ン……翠伊くんっ」  俺たちはもう一回布団の中に潜り込んだ。

ともだちにシェアしよう!