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第101話 夢から醒めたら
有頂天ってきっとこういうこと。
今まで、将来を考えたことなかったけど、桜介さんとなら、考えたい。次の夏に何しようとか。俺の誕生日には何をもらおうかなとか。クリスマスはどうやって過ごそうかなとか。来年とか、再来年とか。
社会人になった後の自分と、その隣にいる桜介さんの笑った顔。
この人の寝顔をずっと見てたいなぁ、って。
引っ越しとか、する?
んー、けど、狭い? でもさ、お隣はおじーちゃんとおばーちゃんじゃん。カップルじゃん。それでも過ごせてるからいけるかな。完全一人世帯向けのところじゃないし。でも、お隣さんだからわざわざ引っ越しする必要はない感じ?
そうだ。
桜介さんの職場ってどの辺りなんだっけ。
遠いんだっけ?
そこの近くに引っ越す?
んー、けど、俺の就職先がわかんないし。
さすがに、伊倉さんのとこだと遠い。それに正社員を一人増やすのはさすがにしないだろうなぁ。アルバイトがたまに手伝う程度がちょうどいいよね。
じゃあ、しばらくはまだお隣さんがいいかな。今もほぼ一緒にいるし。だから今までとそんなに変わらないかも。あ、けど、着替えとか、もう少し運んできてもらおうかな。
「……」
そんなことを考えてた。ふと、目が覚めて、腕の中で眠ってるこの人の寝顔を見てた……んだけど。
ねぇ、多分、だけどさ。
「……、……、……」
ね、起きてる? 寝てると見せかけて。起きてる。
「…………、…………」
よね?
「…………」
だってほら、口、ぎゅうううって閉じてるし。ほんのわずかだけど、瞼がピクってした。
「…………」
あ、ほら、また。
今、朝の五時半。もうこのくらいの時期だとこの時間は明るくなってるんだ。桜介さんと出会った頃なんてもっとずっと暗かったのに。
季節、変わったんだなぁ。
「……ね、桜介さん」
「!」
「……起きてるでしょ」
寝てます。寝ています。僕は今ぐーぐー寝ています。
そんな顔してるけど。
「桜介さん?」
いやいや、絶対に起きてるから。
「なんで狸寝入り?」
「っ、っ、っ、っ、っ」
そんな唇をぎゅうううって結んで寝てたらびっくりだから。
「桜介さん?」
そっと、昨日たくさん掴んじゃった細い腰に手を置いた。それからじっと覗き込んで、顔をキスできるくらいの至近距離まで寄せていく。そしたらほら、きっと、吐息が触れるからめちゃくちゃ近いってわかってるはず。っていうかもう、肩に今力が入ったのわかっちゃってるし。
「桜介さーん」
起きてくださーいって、前髪がくすぐったくなるほど顔を近づけたら、目をぎゅっと強く瞑った。
なんで狸寝入りしてるのか、マジで不思議で、けど、きっと多分可愛いこと言い出しそうだし、もうすでに目をぎゅっと瞑ってるのが可愛かったから、笑いながら、いつ、その真っ黒な瞳がこっちを見るのかなって、覗き込んでた。
そしたら、そっと布団の中にあった手を、恐る恐る、自分の顔の前に持ってきて、両手で顔を覆い隠した。
「?」
なんだろうって、首を傾げたら。
「も」
も?
「もしかしたら、やっぱり、さすがに、ずっと一生なんて言ってもらえるのは」
「……」
「夢なんじゃないかと思って、夢だったら、目開けたら、醒めちゃいそうだから」
「……」
「…………閉じてます」
えぇ? それで、ぎゅっと瞑ってるの? 目?
「っぷ」
「んひゃ、あははは」
「あははは」
桜介さんの腰に置いていた手で、こちょこちょってくすぐって、貴方が大笑いをしてる。俺は、なんでそんな可愛いこと思いつくんだろうって笑ってる。そんな二人分の笑い声が布団の中に篭ってくすぐったくて、もっと笑った。
「ひゃ、あ、ははっ」
ね?
「目、開けても夢じゃなかったでしょ」
「……うん」
「ずっと、俺の顔が隣にあるよ」
「……」
「むしろ、飽きちゃうかもしれないじゃん」
「そんなことっ」
「けど、いるけどね。俺、多分、諦め悪いよ」
「!」
だって、こんなに好きになった人初めてだから。
ね、多分さ、桜介さんより俺の方がすごいと思うんだ。今まで付き合ったこと何度もあるけど、こんなふうになったことないってことはさ。
つまりそういうことだよ。
「桜介さんは、特別好き」
その瞬間、キラキラって、確かに星が桜介さんの真っ黒な瞳の中で踊った気がした。きっと、まだ顔は出してないけど、まだまだだけど、届き始めた朝日がカーテンの隙間から差し込んで、部屋の中を明るくしたからだ。
「ほ、本当にっ?」
「本当に」
「ぼ、僕があの、ブランディシの綺麗なランジェリーなんて到底似合わない、今も、別に、似合ってるなんて自惚れたりしないけど、でも、そういうの履いたら笑われちゃいそうなおじさんになっても?」
「うん」
「その僕が、もっと」
「うん」
「っ」
二人で寝転んだまま、じっとお互いの目を見つめた。
ジーって、見つめて。
その瞳にお互いの寝起きの顔が写ってる。
「……ほんと……に?」
「うん、うーん……どう、かな」
「えっ」
「夢かどうか、もう一回確かめた方がいいかもしれない」
「えぇっ」
キスをした。
「ね、桜介さん」
もう一回、これが夢かどうか確かめた方がいいかもしれないから、キスをして、昨日何度も抱き締めた愛しい人を引き寄せた。
抱き締めると温かいこの人の、くるんと跳ねた黒髪にもキスをして。
「確かめよう」
「……ぁっ」
それから、昨日もたくさん抱き合った身体を重ねて、朝の五時半。
「う、ン……翠伊くんっ」
俺たちはもう一回布団の中に潜り込んだ。
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