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第102話 サクサク
「あ、じゃあ、カゴは?」
「えぇっ」
「や?」
「じゃ、邪魔じゃない?」
「だって引き出しは、やなんでしょ?」
「お、恐れ多いよ」
なんじゃそれ。
「邪魔じゃないよ。もう着てない服とか、捨ててれば、スペースあるよ」
今、俺たちは、お泊まりをした時の着替え置き場に関して協議中。午後になったら、二人で散歩デートをしながら、いろいろ揃えに行こうかって話してる。追加の歯ブラシ立てに、マグとか買いたい。王道の二人暮らしツール。
「でも」
まだ何か? 着替えの置き場所に問題が?
「ちょうど衣替えの時期じゃん。この冬に着なかったのはリサイクルとか出したりするから。全然スペース開く」
「そうなの? リサイクル……」
「うん。一年着なかったら、きっともう着ないじゃん」
「ええっ!」
なんでかそこで桜介さんが青い顔をした。
「?」
なんで? そう首を傾げたら。
「わ」
わ?
「翠伊くん、別れはサクサクしてるのか、と」
「………………あはははは」
「だ、だって、確かに、よく、あの、モテていて、たくさんの彼女さん、見かけたってことは、その、たくさん、別れたり、も、するわけで」
サクサク。まるでクッキーみたいに言うから思わず笑っちゃった。
「桜介さんとはサクサク別れないよ。絶対に」
絶対にい? って顔。
「そもそも桜介さんと別かれません。本当に」
本当にぃ? って顔。
っていうかさ、今の、サクサク、がなんか嬉しかった。
「? 翠くん?」
まるで稲田さんと話してる時みたいだったから。稲田さんと話してる時の桜介さんってさ、気兼ねしてない分、ちょっと強いっていうか。
そんな桜介さんだけは俺に見せてくれないでしょ?
可愛いとこも。
優しいとこも。
大人なとこも。
もちろん、エロいとこも。
見せてくれるけど。きっと俺しか知らない桜介さんがたくさんいて、それだけでも十分、俺って、桜介さんの特別枠に入れてもらえてるってわかるんだけど、でも、実は欲ばりだから、あの稲田さんと話してる時の桜介さんのこともずっと欲しかったんだ。
っていうかさ、そう考えると一番のライバルってもしかしたら稲田さんなんじゃないかなって。そして、一番手強そう。あの、「えー?」「あー?」みたいな飄々とした感じとか、なんか手強そう。
「? 翠伊くん?」
考え込んでる俺に、桜介さんが不思議そうな顔をした。
「サクサクなんて別れません」
ただ、その、今の言い方がなんか、嬉しかったんだ。一番の強敵かもしれないライバルの稲田さんを少しリードできたかなって。
「それにさ、別れるっていうか、大体が振られてたから」
「えぇぇっ、こんなに素敵な翠伊くんが?」
「素敵じゃないよ。優柔不断で、なんか、どっか締まらなくて、誰にでも同じように優しいだけで」
「……」
「今は違うけど」
ライバルの原さんには、告白していい? って訊かれて、ちゃんと、いやだって言っちゃうし。他の子にアピールされたって、ごめんなさいってはっきり言うし。優しくないし。あ、いや、人として、最低限には優しくします。でも――。
「桜介さんが一番だよ」
貴方が寂しくなるような、不安になるようなことは絶対にしないって決めてる。
「だから、やっぱ、引き出しじゃん?」
お泊まりになった時に、翌日、仕事行くのに、いちいち自分の部屋に服着替えに行くの面倒じゃん。ルームウエアはお貸しします。俺の服を着てる桜介さんは最高だから。
「でも……」
「まだ何か問題がありそ?」
それでも着替えを持ってくることに躊躇ってるから、何か、イヤなのかなって。
「あの……」
そしたら、桜介さんがクンって俺の服の袖をちょっとだけ引っ張った。首を傾げて、覗き込んだら、すごく赤くなって。こんなことを言うんだ。
「そうすると、翠伊くんの匂いが自分の服からして、ドキドキしそう」
「……」
「か、会社で、そうなるとちょっと困るなぁって」
桜介さんって、可愛くて、けど、大人で、ちゃんとしていて、それでいて、ちゃんとエロいんだ。
「翠伊くんの匂い、ズルいっていうか、そのっ」
ね? ほら、ちゃんとエロい。
「俺が借してもらったマフラーで、一人えっちしてたりして」
「!」
「あ、した」
「し、してななななな」
ジーって、見つめた。
「な」
ジーって。
「なくも、ない、かも」
真っ赤になりながら、けっこうな爆弾発言をしちゃうんだ。
「マジで? 見たい。桜介さんの一人えっちしてるとこ」
「ええっ! や、やだよっ、そんな」
「じゃあ、俺がしてるとこ、見せる?」
「えぇぇっ」
「いかがでしょう」
「……っ、っ」
あ、これは、交渉成立しそうな予感。
ニコって笑うと、ほら、成立の確率がぐんと上がった感じ。
「桜介さん?」
「っ」
ほらほら、確率がぐんぐんって。
「う……」
ほらほら。
「うん」
そして、コクンと頷く桜介さんが俯く前にキスをした。
「っていうか、お昼ご飯、早く食べて買い物行こうか」
「あ、うん」
「お昼、何にする?」
もう、わかってる。
「「納豆パスタ!」」
二人で大合唱してた。
そして、同じメニューだったことに笑って、あははって、部屋に笑い声が響いて。
「大好き」
納豆パスタも、この時間も、お互いのことも。
だからもう一つキスをしてから、二人で楽しくキッチンへ向かった。外は、青空で、風はちょっと強そうだけど、お散歩デートにはちょうど良さそうな陽気だった。
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