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第103話 神様が推している。

 日差しはたっぷり入る方がいいよね。  あと、できたら、洗濯物を干せるけど、プライバシーがバッチリ保護できる正面は曇りガラスで、天井面はクリアガラスのサンルームがあるといいと思う。一般的には、花粉症の人でも洗濯物干せますってことで。俺たちにとっては、彼のちょっと刺激的なランジェリーを干しても大丈夫ってことで。  まず、風に飛ばされる心配がないでしょ。  それからちょっとだけキッチンとか、洗面台とか、ちょっとだけ高くしたいかなぁ。二人にとってのちょうどいい感じ。  課題のテーマには合ってるよね。  ――自分が住みたい戸建て。  俺が桜介さんと一緒に、将来住みたい戸建てをイメージしてみた。  あ、もちろん、色々工夫もしたんだ。  光がいっぱい入るような工夫。  伊倉さんの影響は大いにあると思う。窓から入る光を日時計みたいに使うってさ、斬新で楽しいじゃん。一番天然の時計。木造にさせてもらった。木材を使う、っていうのも、林業を活性化させるためには必要だろうし。小さな欠片の木材もちゃんと有効活用していってさ。無駄なく、大事な木を大事に使わせてもらうんだ。材料費はできたらケチることなく。ちゃんとした正規の値段での取引あってこその、林業の健全化だと思うんで。  それで、二人はさ、男同士だから、まぁ、家族は増えないだろうし、そもそもでかい家ってそんなに自分的に憧れとか夢とかないんだ。掃除、大変そうだし。ぶっちゃけ、一階建てでもいいんじゃないかなってくらい。  二人で眠れる大きなベッドが余裕で置ける寝室。頭上の窓からは目が覚めるような朝日が降り注ぐ。リビングとキッチンは繋げて、アイランドキッチンもいいよね。大事なサンルームはリビングから出入りできるようにして。  あとは、あ、お風呂はめちゃ大きいよ。二人でゆっくり入れるようにしたかったから。ちなみに、お風呂場からは星空が見えるように天井をガラスにしてみた。ロマンチックで良さそうでしょ? 桜介さんの黒い瞳に、その星が映り込みそうな、夜空を眺められるお風呂。ちょっとロマンチックすぎるかもしれないけど。  とにかく、今、俺が桜介さんと将来住みたい家をデザインしてみた。  テーマは、そうだなぁ。  自然、かな。  ベタだけど。  そういうの、個性溢れるみたいなアイデア思いつかないんだよね。  フツーの人なんで。フツーに、退屈な大学生なんで。 「あ、もしもし、お久しぶりです。伊倉さん」  退屈で、なんかいっつも同じようなことの繰り返しだった大学生。 「林業体験、すごく、ためになりました……はい……それで、課題で出てた建築の、もし時間あったら、伊倉さんにも見て欲しくて……はい……いいんですか? ありがとうございます。あとでメール、送ります。あの、それで」  今は毎日、大変だけど、初めてなことが多くて、忙しい。 「それで、もし、そのデザインがよかったら、あの、夏休み、本格的にバイトさせてもらえないですか? できたら、時給、アップで……あ、いや、あの……就職したらすぐ、引越しとかしたいし、いつか、マジでこのできた図面で、家、作りたいんです」  きっとまだまだ知識が足りてなくて、計算できてないってとこたくさんあるんだろうけど。 「そのための資金を今からでも貯めておこうかなって……え! いいんですか! ……はいっ、もちろんっ、デザイン見てから、考えてくださいっ!」  電話なのに思わず深く頭を下げてた。そして、いつも通り、忙しくなさそうに淡々と仕事をこなしてるんだろう、伊倉さんとの電話を切った。ほんと、忙しく見えないんだよね。けど、すごい忙しくて、いつそんな大量の仕事を片付けんの? って思うくらい。  今は三時。じゃあ、あのアトリエに差し込む日差しはちょうどコーヒーが置いてあるカウンターあたりを照らしてるのかな。 「さてと」  今日は、水曜日。 「おーい、翠伊ー!」 「……あ」 「ピ」 「……リナ」  髪色、変えたんだ。へぇ、今度は随分明るい色にしたんだ。 「この色、可愛くない?」 「うん」 「ふふ、この前行ったサロンでね、担当してくれた人がめちゃイケメンで、その人と同じ色なんだよねぇ」 「へぇ」 「……ふふ」 「?」 「絶対に叶わない片想いしてられないんで。それじゃあね」  それって、俺? 「あ、リナ」 「?」  くるりと振り向くと、グレージュカラーが綺麗な髪が一緒になってくるんと跳ねた。 「片想いってどんくらいしてられるんだろうね」 「? さぁ、けど、まぁ、予感があるうちは、じゃん?」 「予感……て」 「予感は予感でしょ。神様が、なんでかその人に会わせてくれたりとかしたら、あ、まだ、可能性あるのかも? 神様応援してくれてる? とか思ってさ」  例えば、同じマンションに住んでも会わない人は全く会わない。仕事してる人、大学行ってる人、フリーターの人。生活リズムが同じような感じじゃなければ、会う確率なんてほぼない。大学生と、社会人もきっとリズムが違ってる。けど――。  ――お、おはようございます。  ――おはようございます。  ――こ、こんにちは。  ――こんにちはぁ。  ちょくちょく会ってた。遭遇確率は、そう考えるとまぁまぁ高かった。  まるで、神様が、くっつきなさぁい、って言ってるみたいに。  ――これはもしかしたら神様が応援してくれたんじゃないかとか、思って。僕、あのっ。  そう言ってたっけ、あの時。 「あはっ」  空高くまで、飛んでけ、パンティー。 「そっか」  すご。  ね。  すごい。  じゃあ、俺たち、めちゃくちゃ運命じゃん? 神様が引き寄せたくらいなんだから。  そう思いついて、気持ちが跳ねた時だった  まるで、はい! 僕もです! そう返事をするみたいに。  ――今日は! ノー残業デーです!  そんなメッセージがスマホに届いた。 「よし、じゃあ」  今日はまたごちそうにしよう。特に何もない日だったけど、まるで特別な日みたいに、ちょっと手の込んだ料理を作ろう。この間、いつものバイト先で、豚肉の紅茶煮を教わったから。  豚肉に紅茶? 何それって感じでしょ?  それが紅茶が豚肉の臭みを取ってくれるとかなんとかで。  めちゃくちゃ簡単で美味しいから。 「帰るか」  今日も大好きな彼と過ごす普通だけど特別な夜のために、一歩、ぴょん、って、ステップでも刻むように駅へと向かった。  彼の帰宅と同時に見せてくれる、あのキラキラくるくる、トイプーみたいな可愛い笑顔を思い浮かべながら。  ――晩飯、めちゃくちゃ美味いの作っておくね。  彼が一目散に帰ってくるのを想像しながら、大学からの帰路さえも楽しくなってた。  そして、夕暮れの空、頭上には少し夏が混ざった風が吹いていた。

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