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浴衣の君と編 6 満喫
海鮮丼は写真よりもずっと具材が乗っかってる気がした。
「わぁ! 海が見える!」
「ほんとだ」
ほら、よくあるじゃん。写真とちょっと違うっていうの。ちょっと違ってたけど、まさか、イクラが溢れるくらいに乗っかってる方向で写真と違うとは思わなかった。写真より豪華とか、びっくりした。
「! お茶、淹れるね」
「俺も手伝う。っていうか、俺がやるよ」
ランチに大満足して、そのあとにトリックアートを見に行ったんだ。
めちゃくちゃ大はしゃぎした。ゴリラが襲ってきそうな絵のところでは渾身の演技で必死の顔をして逃げ出そうとした俺を桜介さんが大笑いしながら写真に撮ってくれた。こういうのは、振り切って演技しないとでしょって言ったら、なるほど! なんて言って。桜介さんも身構えて。けど、さすが桜介さん。襲ってくるゴリラに、勇ましくも立ち向かうシチュを選ぶとは。そんな桜介さんを激写しておいた。めちゃくちゃ凛々しい顔してるのが可愛くて、可笑しくて、ちょっとツボだった。
他にもいろんなトリックアートを一枚一枚堪能しまくったんだ。
海水浴場になってる海辺の温泉街だったから、シーズンだと、ここのトリックアート館もものすごい人なんだろう。入り口のところには長い待機列になっても涼んでいられるように冷房とサーキュレーターを完備してる長い廊下があった。けど、九月だったから人もまばらだった分、人のことを気にせず、一枚ずつ、トリックアートのところでそれぞれに一枚写真を撮っていった。
その後に、近くに忍者屋敷があってさ。
桜介さんが、目を輝かせるから。
行ってみたんだけど、忍者屋敷というよりお化け屋敷で。
俺たちが忍者設定なんだけど、対峙したりするのが何故かモンスターで。
飛び出てくるモンスターの人形に、桜介さんがお騒ぎの悲鳴あげまくりだった。
そんなふうに観光を満喫したらあっという間に時間になっちゃって。
くつろぐどころかチェックインもギリギリ。
「はい。お茶」
「ありがとうございます」
「疲れたね」
「はい! でもすごく楽しかった!」
もうその満面の笑顔に、今日の感想がぎゅっと詰まってる感じ。
「うん。俺もー」
そう言って、ようやく落ち着くと、足を伸ばしてみる。
結構歩いたんだろうな。楽しくて意識してなかったけど、足が結構ヘトヘト。居酒屋バイトで足の体力には自信があったんだけどな。
「楽しかった」
旅館は最近伊倉さんが手掛けたんだろうなってわかるくらい、フロントロビーに光が溢れてた。
伊倉さんの得意な手法で、モットーってやつなんだと思う。人も自然の一部として生きてる、みたいな。日が昇って、起きて活動する、刻々と日差しが傾きを変えて行く中で、人も刻々と進む時間の中で生活をする。
それがこの旅館にもあった横に長い大きな窓ガラス。
きっと、時間が変わると日差しの入り方が変わるんだと思う。
その日差しをたくさん取り込めるからなのか、フロントロビーに飾られてた植物たちの緑色がとても鮮やかだった。
部屋もそっか、伊倉さんが設計したんだ。
なんか、っぽいなぁ。
日差したっぷりで。
伊倉さんのアトリエもそうなんだけど、あんな無断なものがないんだけど、少しワクワクする作りになってるんだ。自身のアトリエは細長ーく。ここは子どもが泊まったらはしゃぎそう。玄関扉の様子を伺える小さな窓とか。小さな隣の小さな茶室と丸い窓がついてて繋がってるとか。かくれんぼしたら楽しそうだなぁ、なんて。
「翠伊くんが建築士の目をしてる」
「俺? 今?」
ちょっと鋭い眼差し。俺の心中を覗き込むような眼差しでじっとこっちを見つめてから、コクコクって桜介さんが頷いて、ニコッと笑った。
「僕は、建築の話をしてくれる翠伊くんの表情がすごく好きです」
「……」
「今は、きっと、あの窓を見て、むむむ、コレはなかなかなセンスだぞ、って思った」
「あはは、確かに。なかなかなセンスって、伊倉さん師匠だからね。なかなかどころかすごいなぁって」
「確かにそうですね」
海が見える窓の向こうに視線を向けながら、眩しそうに桜介さんが目を細めた。伊倉さんは窓の向こうの景色を絵画みたいに飾るんだ。
「僕も、翠伊くんの建築話を理解できるようになりたいな」
「……」
「そしたら、翠伊くんのかっこいい建築士顔がもっと見られるでしょう?」
「じゃあ、俺が一人前の建築士になったらさ」
まだまだ遠い先の話だけど。
でも、まだまだ遠い先のことを今までの俺はあんまり考えなかったし、そんなに明確になりたい自分はなかったから。どうにでもなると思ってた。
けど、今はさ。
「桜介さんがアシスタントしてよ」
「!」
あるんだ。
「はい!」
なりたい、まだまだ遠い先にさ、なりたい自分がいて、待っててくれる感じ。
「はい! はいはいはい!」
「っぷは、めっちゃ元気な返事なんだけど」
「はい!」
貴方が隣にいてくれる、かっこいい大人な俺が、ここの先にいる感じ。
夕食はレストランで食事だった。
また、ここもすごい素敵でさ。
「夕日が……」
ほぅ、って柔らかい溜め息をつきながら、桜介さんが窓の外を見つめてる。
一面の大きな大きな窓の向こうには海岸線が真っ直ぐ空と海の間に綺麗な横棒を引いてる。そこのラインから滲んで広がるように、九月で少し柔らかさが増したなんだろう夕陽の光線が四方に伸びてた。
「綺麗……」
「……」
「翠伊くん?」
つい、見惚れてた。
「んーん。腹減ったね。早く食べよー」
「はい!」
その夕陽を見つめる横顔があまりに綺麗だから見惚れてた。
「すごいご馳走です!」
一生、見てたいなって思う横顔だった。
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