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第4話

雨に触れたくなって、迅は窓の外に腕を伸ばした。 ――おい、心海、ちゃんと聞いてんのか。 「聞いてるよ。なぁ先生、なんで先生はいつもそんなに俺のこと心配してくれんの?」 電話の向こうからも、雨の降る音がした。 ――それは俺が教師だからだ。 「先生はもう俺の担任じゃないよ」 ――卒業しても、おまえはいつまでも俺の可愛い生徒なんだよ。 指先に触れる雨が柔らかく感じるのは、こんなにも優しい人と話をしているからだろうか? 「先生、ありがとう。俺、絶対に宗方先生みたいな教師になる」 もう幾度となく誓ったその言葉を、迅は毎回噛み締めるように口にした。 ――おまえなら俺なんかよりもっといい教師になれるさ。白川校長は立派な人だから、おまえをしっかり指導してくれるだろうよ。 口では「そうだね」と言いながら、心の中で迅はつぶやく。 自分を導いてくれる人は、宗方先生だけだ。 ――たまには家に帰って、親父さんに顔を見せてやれよ。 電話を切るときの常套句のようになってしまった言葉を今日も聞き、迅はスマホを置いた。 家にはここしばらく帰っていない。帰って来いとも言われない。別に家族との関係が悪いわけではなく、心情的には昔より良くなっていると思う。これもすべて宗方先生のおかげだ。 迅はビールのプルトップを開けると、小気味良く喉を鳴らした。 それからの日々は目まぐるしく過ぎていき、最近では夜、羊を十匹以上数えたためしがない。 教師一年目は、早く学校全体に慣れるために、行事や部活動の顧問を任されることが多い。例にもれず迅も若いという理由だけで、やったこともないラグビー部に割り当てられた。 さほど強くはないが部員は皆やる気満々で、土日も練習がある。せっかくだからと一度、基礎体力作りを一緒にやったら、ひどい筋肉痛になってしまった。 学校はブラック企業だと聞いてはいたが、それは本当だった。とにかく毎日、寝る暇もないほど忙しかった。 それでも迅は念願の教師になれたことへの喜びが大きく、精神的には充実した毎日を過ごしていた。 新任教師は一年生を担当することが通例で、迅もまた一年生の全五クラスを教えることになった。 最初のうちは緊張して同じ内容の授業を二度やってしまったり、逆に一コマ飛ばした授業をやったりと失敗続きで冷や汗ものだったが、数をこなしていくうちに、落ちついて授業ができるようになってきた。 授業をしながら生徒の一人一人をやっと冷静に観察できるようになってきた頃、ふと新任初日のことを思い出した。 桜の木の下で会った薄桃色の花びらみたいな子は、迅が教えるクラスの中にはいなかった。この学校の生徒に間違いはないので、二年生か三年生なのだろう。 ちょっとだけ残念な気がした。
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