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第6話

高校のときはさておき、大学に入ってから迅は三人の女性と付き合った。 三人とも向こうから告白してきて交際がスタートした。彼女らはそれぞれに魅力的で、迅も彼女らのことが好きなんだろうと思った。 この、だろうと思ったというのは、いまいち自分の心情が世の中の恋愛心理と一致しなかったからだ。 彼女と観た恋愛映画に感動するのはいつも彼女だけで、迅はスクリーンの中の恋人たちと自分との乖離を感じずにはいられなかった。街に流れている恋歌の歌詞も同じだった。 たぶん自分はそこまで彼女らのことが好きではない。なんとなくは気づいていた。その証拠に、別れたいと言い出すのはいつも彼女らの方からで、別れ際、皆一様にこう言った。 『迅に愛されようと必死になるのに疲れた』 付き合っていたのにまるで片想いをしているみたいだった、と言われたこともある。 返す言葉がなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいでもあった。 そのことについて、宗方先生は迅にこう言ってくれた。 『心海、一生のうち、本当に心から愛せる人に出会えるのはめったにあることじゃない。なおかつ、お互いが同じくらい好きというのは奇跡みたいなもんだから、悩む必要はないぞ』 いつも迅の言葉にできない気持ちを汲み取ってフォローしてくれる宗方先生は優しい。 自分も宗方先生みたいな男に、宗方先生みたいな教師になりたい。改めて強くそう思った。 『宗方先生には、その奇跡が起きたんだね』 迅が問うと宗方先生は、 『まぁ、そうだな』 と、照れているのか、小さな声でぼそっと返してきた。 先生の奥さんは迅の理想の女性だが、迅が先生を尊敬しすぎているせいか、先生の奥さんに横恋慕するというようなふとどきな感情を抱くことはなかった。 きっといつか迅だけの理想の女性(ひと)が現れたら、自分も宗方先生と同じようになれるはず。そう思った。 そして今、白川先生という理想の人に限りなく近い女性が現れた。それなのに迅の心はまったくをもって平常運転で、恋の予感の気配すらない。 これはいったいどういうことなのか。白川先生が校長の娘だからだろうか? 職場に彼女の父親がいるというのはなかなか寒い。 けど理由はそれだけか? 職員室の窓からすっかり緑色になった桜の木が見えた。正門前に伸びる桜並木と校内にも桜の木はあったが、正門脇の桜が一番立派だった。 朝と夜に前を通るときや正門近くを通りかかるとき、そこに何かを探すように、目が桜の木の下をさまよった。たいていは、木だけがひっそりと佇んでいるのだが、ときどき誰かがそこにいることがあった。 その度に、迅の心臓は大きく反応した。けれどその人物が誰であるかが分かると、今しがた跳ね上がった心臓は、最初よりも低いところに着地したように気持ちが沈んだ。 これらのことは一瞬にして無意識で行われるため、迅がその意味を考えることはなかった。
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