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第7話
そうして一年が経った。
教師二年目にして、迅は担任を受け持つことになった。それを告げられたとき、表面では冷静を装っていた迅だったが、内心は大興奮だった。夢の教師、夢の担任、ぞわりと全身が粟だった。
ただ、ちょっとだけ気になることがあった。迅が受け持つ二年三組には留年している生徒が一人いたのだ。
どんな素行の悪い生徒なのかと身構えたが、病気がちで出席日数が足りなかったのだと説明された。
水瀬 幻
去年、その生徒の担任だった教師曰く、
「透明感のある、とても綺麗な良い子ですよ」
だそうで、迅は白い病室のベッドに横たわる薄幸の美少女を想像した。しかし、よく見たら名簿に男子の印がついていたので、薄幸の美少年といったところか。
二年三組の教室の扉を開けると、女生徒たちの黄色い声に迎えられた。
去年英語を教えた一年生たちなので、さほど緊張せずに挨拶ができた。それでも昨夜は羊を千匹まで数えた。いきなり三十六人の兄になったようで、嬉しくもあり、気を引き締めなければとも思った。
自分はこの子らの宗方先生になるのだ。
幸いクラスに問題児はおらず、どの子も素直で明るかった。若干、女生徒たちの迅を見つめる目がハート型になっているのには苦笑するが、深刻に思い詰めた顔をしている子はいないようなのでほっとした。
窓際の一番後ろの席がぽつんと空いていて、そこが留年している生徒の席だった。
電話で声だけでも聞いておきたいと思い、昼休み、クラス名簿を見て電話してみたが呼び出し音が鳴り続けるだけで、繋がらなかった。前担任によると、母子家庭で母親は仕事をかけもちしていて家にほとんどいないらしい。
誰もいない家でひとり寝ている生徒のことを想像し、さぞかし心細いだろうと同情した。結局、その日はそのまま一日が終わってしまった。
その生徒は次の日も欠席だった。昼休みと放課後の部活の前に電話をしてみたが、やはり繋がらなかった。
その次の日も同じだった。これもまた前担任によれば、一週間続けて休むこともあるらしく、それほど気にしなくてもいいと言われた。
一度、家庭訪問をした方がよいのだろうが、何しろ平日も土日もラグビー部でなかなか時間が作れない。初めてのクラス担任で物理的にも気持ち的にも、今まで以上に忙しくなっていた。
前担任は問題のない良い子だと言っていたし、そのうちひょっこり学校に出て来るのではないかと期待してもいた。
しかし、そんなことが起こることはなく、そのまま時間だけが過ぎていった。
電話が繋がることは一度もなかった。まだまだ新米教師の迅は、いない生徒のことより目の前にいる生徒の方を優先せざるを得なかった。
ぽつんと空いた窓際の一番後ろの席は、次第にいつもの風景の一部になっていった。
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