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第9話
その夜、電話で宗方先生に相談すると、先生はその調子で粘れと言ってくれた。
正直、学校の後病院に行くのはかなりキツかった。けれど、今のところ他の生徒たちとは上手く関係が築けているだけに、水瀬だけ取りこぼすのは嫌だった。
次の日も、ナースたちの目を盗んで病室に向かった。
扉を開けると水瀬は昨日と同じように、さっと布団に潜った。今日もまた迅が一方的に話すだけで終わった。帰れと言われなかっただけ、マシなのかもしれない。
次の日も、またその次の日も、迅は水瀬に会いに行った。
彼は相変わらず布団に潜ったままだったが、本当に嫌だったら迅が来る時間は分かっているのだから、その間は病室にいないようにするとか、ナースに厳重に見張っていてもらうことだってできる。
それなのに、水瀬は必ずいつも病室にいた。それはまるで、迅が来るのを待っているかのようにさえ思えた。
土日もラグビー部が終わってから病院に行った。新発売のコンビニ菓子を買って水瀬の前で食べてみたり、おもしろい動画を見て大笑いしてみたり、あの手この手で水瀬の関心を引こうとしたが、彼が布団から顔を出すことはなかった。
これじゃまるで、隠れた女神を必死になって引っ張り出そうとする天の岩戸だ。
その日、SNSで流行っているおどけた振り付けのダンスを踊っていた迅は、なんだか無性に腹が立ってきた。
個室とはいえ、病室で踊るなどと非常識なことを教師の自分がしている。今日もへとへとなのに、この後家に帰って明日の授業の準備をしなくてはいけない。
見舞いに来るようになってから寝るのは毎日午前様、羊は三匹数えたところで爆睡だ。夕食はコンビニ弁当さえ売り切れで、毎晩カップ麺。ラグビー部まではなんとかやれたが、留年生徒の見舞いが加わった途端、高校教師生活が墨のように真っ黒なブラック企業になってしまった。
そもそも水瀬の担任は、迅には荷が重すぎたのではないだろうか? 水瀬一人にかまけて他の三十五人の生徒がおろそかになってしまったらどうするのだ。
迅はどさりと椅子に腰を下ろした。
止めだ、止めだ、こんなところで無駄に体力を使うのは馬鹿みたいだ。
今日を最後に見舞いに来るのは止めようと思った。これだけ来たのだからもう十分だろう。初めての担任なのだ、最初から完璧を目指さなくてもいい。
学校に来ていない生徒を一人くらい取りこぼしたとしても、残り三十五人の宗方先生になれればいいじゃないか。
それほど気にする必要はない。
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