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第12話
迅と水瀬の関係は、問題なく築けているように思えた。
クラスの生徒たちとも同様で、すべてが思った以上に順調で充実した毎日だった。
水瀬とは、なるべく将来の明るい話をするようにした。いろんな可能性があることを知って欲しかった。将来へのモチベーションを上げることが、今の彼に一番必要なことに思えた。
宗方先生が迅の道しるべになってくれたように、迅も水瀬の未来を照らしてあげたいと思った。
迅は白いカーテンのかかる病室の窓をそっと閉めた。
日中は初夏を思わせるような汗ばむ陽気でも、五月の夜はまだ肌寒い。
「先生は彼女いるの?」
水瀬が唐突に聞いてきた。
迅のクラスでも担任初日に同じことを聞かれた。これくらいの年頃の子は、そういうことに興味津々のようだ。
「残念ながら、今はいないよ」
「今はってことは、前はいたんだ。なんで別れたの?」
自分の愛し方が足りなかったから、と本当の理由を言うわけにもいかず、「なぜだかいつもフラれちゃうんだ」とだけ返した。
「かっこいいのに、毛虫を怖がったりするからだよ」
桜の木の下でのことを水瀬が覚えていたと思うと、なんだかちょっと嬉しかった。
「先生……、誰かを好きになるってどんな感じ?」
そう尋ねてくる水瀬は、いつも以上に幼く見えた。高校生にもなって、水瀬はまだ一度も恋をしたことがないのだろうか?
しかし、すぐに水瀬を他の子と比べるのは止めた。
病気がちであまり学校に通えず、友だちも満足に作れなかった中で、恋をする相手を見つけられなかったとしてもおかしくない。
「う〜ん、そうだなぁ、恋はバラ色っていうから、毎日がルンルン楽しくなる感じかな」
「先生もルンルンだった?」
「いや、俺はルンルンしなかったけど」
「なんだ、じゃ先生も恋したことないじゃん」
ズバリ痛いところをつかれてしまった。
「美人のお母さんに聞いてみたらどうだ?」
「お母さんのあれは恋じゃなくてただの依存だよ。一人が寂しいから自分に優しくしてくれる男だったら誰でもいいんだ。けどだったらさ、もっと金持ってる男にすればいいのにと思わない? いつもただ優しいだけの男に引っかかるんだよ」
幼さを見せたかと思ったらこの発言。高校生は子どもと大人の両面を持ち合わせる一枚のカードのようだ。
状況によって、くるくると見せる面を変える。
「僕ね、旅行もしてみたいけど恋もしてみたい」
水瀬は今度はくるりと子どもの面を見せてきた。
「だったら早く元気になって学校に来れるようにならないとな。うちのクラスは可愛い女子が多いぞ」
水瀬は急に面白くなさそうな顔をすると、話題を変えた。
「先生知ってる? 病院って消灯時間が九時なんだよ。そんな早い時間に寝れないっつーの」
「九時は早いな」
「どうせ寝られるのは、二時とか三時なのにさ」
水瀬はさらりと流したが、灯りの消えた病室で闇を見つめている水瀬を想像し、胸が重くなった。
「眠れないときは、羊を数えるといい」
咄嗟に口走ってしまった。
「羊? 小学生じゃあるまいし」
案の定、水瀬に笑われた。
「もしかして先生は数えてるの?」
迅が認めると、水瀬はケラケラと笑い転げた。
こんなことで馬鹿にされるくらいなんでもない、この子がそれで楽しそうにしてくれるなら。
水瀬の細い首を見ながらそんなことを思った。
「僕も数えてみようかな、でも羊はなぁ」
「羊じゃなくて好きなものを数えればいい、水瀬の好きなものはなんだ?」
「……先生が持ってきてくれるぶどう」
水瀬の言葉に思わず頬が緩んだ。
「マスカットが一個、マスカットが二個、こんなふうに数えるんだ」
また馬鹿にされるかと思ったが、意外にも水瀬は「それだったら面白そう」と乗り気を見せた。
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