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第15話

五月の終わり、水瀬の退院が決まった。 クラスの生徒たちにそのことを伝えると、みな一様に戸惑った顔をし、迅は内心心配になった。 しかし、そんな心配は水瀬が登校した初日に吹き飛んだ。 水瀬の美少年ぶりにクラスの女子だけでなく、男子たちも虜になり、水瀬はあっという間にクラスの人気者になった。 結局その日、迅は水瀬と話すことも、目を合わせることもなかった。それまで毎晩来ていた水瀬からのメッセージもなく、迅のスマホは沈黙したままだった。 なんだか拍子抜けしたような、ちょっと寂しいような、もやっとした気分で迅は次の日の朝を迎えた。 しかし、考えてみれば七つも年上の自分より、水瀬と歳の近い子らといる方が楽しいに決まっている。 飼い犬のように迅に懐いていただけにちょっと意外でもあったが、あれは入院生活で極端に世界が狭くなっていたからかもしれない。 そのことについて宗方先生は、いつもの電話の中でこんな言葉をかけてくれた。 ――クラスの子たちがすんなりその子を受け入れたのは、心海がそう教育したからだ。その子が気後れせずに教室にいられるのは、心海に守られているという絶対的な信頼と安心があるからなんだぞ、おまえはよくやっているさ。 「そうかなぁ」 ――自信をもて心海。おまえはもう立派な教師だ。 立派な教師。 宗方先生からそう言われて嬉しいはずなのに、なぜだかその言葉が妙に居心地悪かった。 教室の扉を開けると生徒たちがいっせいに起立し、視線が迅へと向けられる。 「Hi,Guys」 英語で呼びかけると、「Hello,Mr.Shinkai」と英語で挨拶が返ってくる。 英語圏ではお辞儀をする文化はない。それでも授業開始の合図で全員がいっせいに頭を下げる中、一人だけ背筋を伸ばしたまま、こちらを見つめる生徒がいた。 窓際の一番後ろの席の、水瀬だった。 教壇の上からでもその瞳が大きく膨らんでいるのが分かった。熱っぽいようなその眼差しに迅は縫い止められ、迅の視線もまた水瀬に向けられる。 他の生徒たちが頭を上げ始めると、迅は慌てて教科書を開いた。 「So,Today,Lets start with......」 パラパラと紙をめくる音が教室に響く。迅が再びチラリと水瀬の方に目をやると、水瀬はまだ迅を見つめたままだった。 「Start with......」 逃げるように迅は教科書に目を戻した。水瀬の張りつくような視線にさらされた頬が緊張し、教科書のアルファベットが散らばる。 それからも、ときどき迅が水瀬の方を見ると、迅は毎回水瀬の大きな瞳に捕まった。途中から意識的に見ないようにしても、視界の端に水瀬がこちらを見つめている姿が入り込み、目の前の英文に集中できない。 ――しっかりしろ、俺。こんなこと、いつものことじゃないか。 たいていクラスに一人や二人、授業中、迅に熱い眼差しを送ってくる女生徒がいて、それはもはや迅の日常でもあった。それなのに、今日はまるで初めて教壇に立ったときのように緊張した。 五十分の授業がやたらと長く感じ、終わったときはくたくただった。
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