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第9話 バス通り保健室行き
俺は今、転校生に支えられながら登校早々保健室へ向かっていた。正門近くのバス停から校舎へ向かう間中、他の生徒たちのヒソヒソ声が纏わりついてくる気がしたけれど、それに構う余裕は俺にはなかった。
酷く怠く感じる身体と最悪な気分は、がっちりとした体格の転校生に支えられて何とか保っていられた。気を抜けば怠くてうめいてしまいそうな俺は、ようやく保健室に到着して息を吐き出した。
「…トイレ。」
俺は込み上げる気持ち悪さに、急いで個室へ連れて行かれた事に酷く感謝しながら朝のカフェオレを吐き出した。多少スッキリしたものの、ダルいし、何なら熱まで上がってきた様だった。
「…大丈夫か?」
そう低い声が耳元で聞こえて、俺は引き起こされると洗面所で口を濯いで、また支えられながら保健室へと向かった。
幸いな事に早めに来てくれていた母性溢れる保健室の洋子先生は、俺たちを見て驚いた様にベッドへと寝かせてくれた。
「…あら、そうだったの。バスで酔ったのかしらね。…ちょっとあなた、悪いんだけどシャツ緩めてやってくれる?ベルトも。…熱もありそうだから、私ご家族に連絡してくるから。…ええ、悪いわね。お願いね。」
朦朧とした意識の中で洋子先生と転校生が何か話しているのは感じたけれど、俺は具合の悪さにそれどころじゃなかった。不意に首元が緩められてホッとした俺は、目は開かなかったけれど掠れた声でありがとうって呟いた。
手早くベルトも緩められて俺は少し楽になった気がして、重い瞼をゆるゆると開けた。目の前に壁の様な大きなガタイの転校生が俺を覗き込んでいた。
「…大丈夫か、東。まだ気持ち悪い?」
さっき耳元で聞いた低いだけじゃない、今度は何だか優しさも感じる音を乗せて高井は俺に声を掛けてきた。俺は自分でも力が無いなと感じる小さな声で答えた。
「…もう大丈夫。ありがとう…。助かった。」
それだけ言うと、俺は泥に引き摺り込まれる様な睡魔を感じて、高井が何か言っていた気がしたけれど眠ってしまった。気がつけばベッドサイドに従兄弟の桃李が立っていて、俺を覗き込んでいた。
「あ、起きたか。叔父さんはどうしてもクライアントとの会議がキャンセル出来ないってさ。俺は高額バイトゲット。岳を高校まで拾いに行って病院へ連れていく簡単なお仕事ですってな。」
そう言って俺の額に置いたひんやりとした手は気持ち良かった。さっき感じたのはもう少し大きな温かな手だったから、高井の手だったのかもしれない。俺は今度高井に礼をしなくちゃいけないと考えながら、桃李が来てくれた事で妙に安堵して息を吐き出した。
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