息子の岳が甥の桃李に連れられて家に戻って行くのを見送ってから、私は高原に向き直った。 「…あれは、やっぱりそうだと思うか？」 　高原は医者の顔つきになって私を見つめた。 「血液検査の結果次第だが、私はあの時の彼女を思い出したよ。あの時も似たような症状だったろう？だが今の時点ではなんとも言えない。彼女は女性だった。ベータからオメガの移行は容易い。 　だが、岳は男だろう？男のΩは絶対数的に少ない上、もしΩへ変容しつつあるとすると、身体への負担は想像以上ではないかな。途中変異は本当に稀だが家系的なものではないかと研究結果も出ている。可能性が無いとは言えない。」 　私はため息をついた。 「岳が変化してきたのは高校へ入学してからだ。どうも友人にアルファがいるらしい。だからと言って、お前がΩ化するかもしれないからその同級生と付き合うなと言えるか？それに変わっていく身体の変化を止める事は出来ないだろう。」 　高原は私の友人の顔になって額に手をやって言った。 「もし、岳君が完全にΩ化するとしたら一定期間の入院は必要になると思う。短期になるだろうけど、その方が本人も楽だろう。…母親のことは話さないのか？今まで話したことが無いって聞いたけど、流石に話さないわけにいかないだろうし。」 　私は唇を噛んで言った。 「話すつもりだ。避けては通れない。…そう言えば忍がこっちに戻ってきたみたいだ。高井家も立て続きの不幸で、今の当主が呼びつけた様だ。彼には恨みはないが岳の母親のことを思うと正直複雑な気分だ。」 　すると高原が少し躊躇いがちに私に言った。 「…実は忍の息子がアルファなんだ。東京の海王学園から北山高校に転校して来た。どうも岳君と同じクラスみたいだな。」 　私は思わず笑ってしまった。そう言えば彼女がΩに変異したのも忍の親友のアルファとよく会う様になったからだった。もし彼女がアルファと接点が無かったら彼女は変異しないで、私たちの元にずっと居てくれただろうか。 　私はもうすっかり無くなったと思っていた後悔と苦しみを感じて、人間というものはどうしても過去に囚われてしまうものだなとため息をついた。 　そんな私に高原は言った。 「そうは言っても、今言ったことは全部推測の枠を出ない。採血の結果は明日の午後出るから、結果次第では国立大学病院へ検査に行ってもらう事になると思う。お前から説明が難しかったら私に任せてくれ。無理するな。」 　そう言って優しい眼差しで私の肩を掴んだ。そう、彼は昔から変わりなく私の頼れる親友だった。