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第57話 孤独

 俺はスマホを閉じた。あれから変異Ωについての都市伝説的な噂話がひとしきり流れて、俺はまたトークに戻る気も失せてしまって、挨拶もせずに退出した。  結局バース界でも異端な俺は、どこにも受け皿がない。桂木先生に相談するしか手がないんだ。俺は凹んでいてもしょうがないと、スマホを放り出して目を閉じた。  こんな時は山駆けに行くに限るんだけど。俺は目覚ましを5時にセットすると、カーテンが開いた窓越しに見える白路山を眺めた。今夜は月明かりでぼんやりと山の木々が鬱蒼と見える。こうして見ると怖いくらいのその存在は、一歩足を踏み入れると懐深く俺たち山伏をいざなう。  俺は何だかくさくさした気分が、解ける様な気持ちになって目を閉じた。  スマホの目覚ましが鳴る直前に目を覚ました俺は、アラームを解除してスマホに光る着信を見た。叶斗と高井から、それぞれおやすみと俺の眠った後にメッセを送ってきてあった。  こんな事されると俺があいつらの彼氏みたいだと少し笑えて、俺は水を一杯だけ飲むと玄関を出た。夏が近いせいか5時過ぎでも空は白々と明るさを感じて、気持ちが良かった。  そうは言っても早朝に一人山を駆けるのは危険なので、俺は観光客が使う初心者用の整備されたコースを息を整えながら走り出した。このコースを走るのは久し振りだった。  少し行くと、丁度眩しい朝日が朝露に濡れた地面を照らして、俺は少し神妙な気分になって立ち止まった。オレンジ色の太陽が薄紫色の空を照らして、じわじわと世界を支配するのは何とも厳かで身が引き締まる思いだった。  俺の抱えている悩みなど、この世界ではちっぽけなものだとそう言われている気がして、俺はニヤリと笑うとまた足早に地面を蹴った。  1時間ほど山駆けして家に戻ると、キッチンから父さんが玄関へ顔を出した。 「岳、どこに行くかくらいメモ置いていけ。」  俺は肩をすくめると、浴室へ向かってシャワーを頭から浴びた。渦巻く感情や疲弊した精神をデトックスするにはまだ足りない気がするけれど、取り敢えずあいつらに今日顔を合わせるくらいの気力は出た気がする。  父さんの用意してくれた潰れた目玉焼きを、文句を言いながら口に放り込むいつもと変わらない朝を、俺はじっくりと噛み締めた。俺自身はβの時と何も変わっていない。少しだけ、そう、少しだけ身体が…。  これ以上は考えない。俺はおかわりをしに椅子から立ち上がった。今日も頑張っていきましょう!

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