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第58話 バスの中で
「おはよう。」
俺は家に迎えに来た高井にいつもの様に挨拶すると、近くのバス停まで一緒に歩いた。知ってしまえば、俺と高井の家は案外近かった。とは言ってもバス停ひとつ違うので、歩いたら20分以上は掛かる。けれど高井はなぜか逆行して始発に近い我が家まで来るんだ。
「お前はなんで自分の家の近くのバス停で乗らないの?」
俺がそう尋ねると、高井は何でもないかの様に俺に言った。
「え。だって、岳の隣に座りたいだろ。ていうか、他の奴が隣に座ったら、岳に何かするかも知れないし。」
そこまで言われたら、あっそうって無心になるしか無かったけれど、ふと言われた言葉が気になって尋ねた。
「なぁ、もしかして俺が痴漢されるかもって思ってんの?」
すると高井はさも当然の様子で頷いた。俺は可笑しくなってゲラゲラ笑った。一体誰が好き好んで俺に痴漢するって言うんだ。そんな事を多分俺が言ったんだろう。高井は俺の腰をグッと引き寄せて言った。
「やっぱり岳は自覚が足りない。最近の岳は検査入院の後の岳よりよっぽどフェロモン出してるんだ。いくら俺たちがマーキングしたって、アルファは気になって注目してしまう。Ωの中でも独特な匂いだし、敏感なβだったら気づくはずだ。
だから用心するに越した事は無いんだ。…怖がらせる様であれだけど、ネットでも岳の事バレて話題になりつつある。みんな関心があるんだ、変異Ωってやつにね。それに岳は綺麗だよ…。」
そう言って俺をじっと見つめるから、俺は思わず誤魔化すために昨日の男Ωのトークルームでのチャットの話をしてしまった。すると高井は眉を顰めて前を向いて呟いた。
「そうか…。やっぱり話題になってるんだな、Ωの間でも。その男、地方でって言ってたんだろ?それって、本人は東京かそれに準じた都市部だよな。俺も東京の友達にそれとなく探り入れてみるよ。」
俺は高井が妙に神経質になっている気がして目を丸くしたけれど、新米Ωの俺にはαやΩの世界の事などからっきしだったので、お任せすることにして礼を言った。
そんな俺を高井が目を細めて見つめると、ため息をついて言った。
「岳が大人しいと、何だか返って不安だ。本当は胡散臭いトークルームも参加して欲しくなかったけど、Ωの事知りたかったんだろうからな。ところで何のためにトークルールに入ったんだ?何か聞きたいことでもあったのか?」
ああ、ほんとαってバースは頭が回る。それは知らないふりするのが親切なのに…。丁度その時バスがやって来て、俺は高井から逃れて慌てて停留所へと走った。これで誤魔化されてくれると良いんだけど!
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