74 / 137
第74話 式神
新に案内されたのは高井家の母家の一室だった。部外者が入っても良いのか躊躇われたが、新曰くは自分用にあてがわれた作業場だと笑って、中に入って行った。
10畳ほどの広い和室の入り口には、清めの水場が設けられていて、新はもちろん俺たちもそこでしっかりと手を洗った。部屋に入ると、奥右側に、丁寧に作られた三段ほどの木製の引き出しが壁に沿って置かれていた。
一方、その庭側の対面には幾つかの2cmから5cmほどの石が幾つも置いてあった。その石は青い布の上に転がっていて、何かを模している様だった。
新は一番下の引き出しを開けると、ヒラヒラした細い和紙を小さな石に載せた。五枚の和紙をそれぞれに載せると、今度は二段目の引き出しを開けて、三枚の和紙を同様に少し大きめの石に載せた。
そして一番上の引き出しを開けると、さっきよりも慎重に和紙を捧げ持って、一番大きな石に二枚をそれぞれに置いた。俺たちは新のなんとも言えない張り詰めた作業に、部屋の入り口に正座して、息も呑まれて黙って見入っていた。
何かブツブツと呟いて、空を指先で切る様になぞると、静かに長い息を吐き出して新はこちらへとやって来た。俺たちは顔つきが急に柔らかくなった新につられる様にホッとすると、一緒に和室を出た。
「あのまま、放ったらかしで良いのか?」
俺が尋ねると新は、あれは蛇の式神を育てているところだから、しばらくあのまま1日程度置いておくのだと言った。俺はさっきの儀式を思い出しながら呟いた。
「一番上の和紙は、何となく重そうにしていたな。」
俺は新のささげ持つ様子を思い出して言った。すると、新は頷いた。
「重いというのとは少し違うけどな。存在感があるという方が合ってるかもしれない。単なる和紙から、そうでないものに育つと、まったく別物になるんだ。まぁ、俺の様に霊験あらたかなセンスが必要なんだけど。」
叶斗が考え込みながら新に尋ねた。
「あの青い布の上に置いた石は何だったんだ?」
すると新が俺の方を向いて悪戯っぽい顔で尋ねた。
「岳はあれが何を意味しているか分かるか?」
俺は式神が蛇的なものだとすると、やはり蛙なのかなと思ってそう言うと、新は嬉しそうに当たりだと言った。
「さすが、山伏はそんなところも勘がいいな。はっきり蛙って訳じゃないけどね。それに類するものだ。しかしこの手の話にお前たちが引かないでいてくれて、俺はそっちの方が嬉しいよ。東京じゃ流石に下地がないから、誰にも言えなかったし。」
そう言う新は確かに嬉しげで、そんな新に叶斗は肩をすくめて言った。
「俺の家は、むしろ高井家の陰陽道に世話になってる方だしな。しかし御守がお前が育てた式神だとは思いもしなかったぞ。」
すると新は、やっぱり嬉しげに笑って言った。
「効果絶大だから安心してくれていいぜ。」
ともだちにシェアしよう!

