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★ 灰原さん★ 第133話 灰原さんとサンプリング
「久しぶり、岳君。」
相変わらず周囲を圧倒する迫力というか惹きつけというか、魅力を撒き散らして駅前に灰原さんが現れた。今日はわざわざ駅前で待ち合わせしたんだ。客観的に灰原さんのアルファとしての威力を知っておきたかった。
駅を行き交う人達がほぼ全員灰原さんに視線を送るのが、まるで芸能人のようで興味深い。それに大学生くらいの際立って綺麗な女の人がさっきから立ち止まってこちらを見ている。
不意にその女の人が近づいて来た。僕のことなど眼中にない様子で、灰原さんだけを見つめている。流石にこの手の対応は二、三経験がある。きっと彼女はΩなんだろう。
彼女が近づいて来ても、灰原さんは目もくれずに俺の手を取って言った。
「ね、岳君て会う度に変わるの、何でなんだろうね。私さっきからドキドキしてるんだけど。」
流石のリップサービスだなと、灰原さんを苦笑して見上げると、灰原さんは僕を困ったように見下ろして呟いた。
「岳君が全然本気にしてくれないのは、何とも手強いよね。」
するとそこに割り込むように、いつの間にか側に佇んでいた女の人が口を挟んできた。
「あの、灰原 誠さんですよね。私、あなたの大ファンなんです。あの、今お時間ありませんか?」
俺と灰原さんは、思わずその女の人を見た。下手な芸能人よりも綺麗なその女性は、俺のことなど眼中になく、灰原さんだけを見つめていた。不意に嫌な匂いがした気がして顔を顰めると、灰原さんが俺の頬を指でなぞって言った。
「ごめんね、臭かった?遠慮のないΩのフェロモンは、岳君にはきっと臭いよね。ねぇ君、俺たちの邪魔だと分かってて声掛けてくるの、本当に図々しいって思わない?」
急に目の前の自信満々な女性が青褪めて、少し震え出した。戸惑う様に灰原さんを見上げて、それから俺を凄い顔で睨みつけると、振り返りもせずに歩き去ってしまった。
新たちと居ても、この手のΩは近づいてくるけれど、彼らに全然相手にされずに結局俺を睨んで終わる。今回の様に、対応されて青褪めたΩを見たのは初めてだった。
「灰原さん、今何かしましたか?」
灰原さんはにっこり微笑んで、俺の手を繋ぐとゆっくり歩き出した。
「んー、した様な、してない様な。ちょっと苛ついちゃったから、お仕置きしただけ。まぁ、岳君は一生経験することのない感覚なんじゃないかな?」
その笑顔がちょっと怖い感じで、俺はそれ以上追求するのはやめて前を向くと、駐車場に停まっている白い乗り心地の良さげな高級車に歩き寄った。
「…前と違う車だ。」
すると灰原さんが悪戯っぽい視線を寄越して言った。
「ふふ、イチャイチャするのに一番向いてる車を選んで来たんだ。」
俺の眉間が深くなったのはしょうがないよな。
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