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第136話 プールサイドで必要なこと
見るだけで高級だと分かるこの屋内プール。まるで熱帯植物園の様な南国の雰囲気を醸し出していた。利用者は思ったより居たけれど、見るからにアルファという具合で、俺はふと足を止めた。
こんな場所でアルファやオメガが混在して、何かトラブルが起きないのだろうか。俺が眉を顰めていたせいか、灰原さんが俺の肩に手を回して顔を覗き込んで来た。
「どうした?難しい顔して。」
俺は、やっぱり聞いておいた方が良いと判断して口を開いた。
「…こんなにいかにもアルファが多くて、俺みたいなトラブルメーカーが混ざっても大丈夫なんでしょうか。自分でも色々コントロール出来ないのに不安しかないんですけど。」
すると灰原さんは少し考えてから僕をちょっとした休憩コーナーへ連れ込むと言った。
「…そう言われてみれば心配だね。じゃあ、ちょっと予防策取っておこうか。キスしてもいいかい?」
俺はしばし固まると、これはマーキングのアレで、特に深い意味は無いんだと自己解決して、真っ直ぐに俺を見つめる灰原さんに言った。
「んー、灰原さんが必要だと思うならしても良いですけど。俺も迷惑かけたく無いんで。」
そう言い終わる前に、灰原さんは俺をそっと引き寄せた。じっと見つめてくるから、何だか居た堪れなくて思わず目を閉じた。それが良かったのか、悪かったのか、感覚の鋭くなった俺は灰原さんのマーキングキスをじっくり堪能してしまった。
あいつらとはまたひと味違う、陶酔する感覚の灰原さんの唇や舌が繰り出すテクニックに、Ωになったばかりの俺はすっかり腰砕けになってしまった。
灰原さんの選んでくれたアースカラーのサーフタイプの水着だったから良かったものの、ビキニタイプじゃ今頃すごすごと、この場を離れる事になっていただろう。
そうは言っても、灰原さんもまた目尻を赤らめて深呼吸していたから、少しだけ気が晴れた。影響はお互い様だったって。
「これじゃミイラ取りがミイラになるよ。参った。岳くんの破壊力を忘れてた。でも、これでちょっかいを掛けてくるアルファは居ないと思うよ。とりあえず今の岳くんは、俺のフェロモンで染まってるはずだ。」
俺には今ひとつ言ってることが理解できなかったけれど、上位アルファらしい灰原さんがそう言うのなら大丈夫なんだろう。俺は俄然プールを楽しみたくなって、いそいそと太陽の降り注ぐプールサイドへと向かった。
チラチラと俺たちを見る人達も居たけれど、俺はもうすっかり泳ぐ気満々になっていた。そんな俺をみてクスクス笑いながら、灰原さんはガッツリ泳ぐ人用のレーンのある方へと手を繋いで歩き出した。
俺はそんな灰原さんの綺麗に整ったうなじを眺めながら、普段と違う世界を覗いているみたいでウキウキしていたのは正直本当だ。世慣れた灰原さんに取っては、そんな浅はかな俺の考えなんて、どうせお見通しなんだろうと思っていた。
だから前を歩く灰原さんの顔が赤らんでいたなんて、全然気づかなかったよ。
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