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「…………」
「…………」
なぜか僕の片手の隅々までを、その美しく細長い指先で、それこそ手のひらの小さなシワ一本一本に至るまでなぞって何 か をじっくり確かめているこの男性――これではおよそまるで、僕が占い師に手相を見てもらっているかのようなシチュエーションではないか。
いや、傍目から見たら誰しもがそのように勘違いするのだろうが、――別に僕は、ふらりとたまたまやって来た占い師に、せっかくだから…なんて手相鑑定を頼んだわけではない。――むしろこうなったのは、この人に僕 が 頼 ま れ た 、というほうがよっぽど正しいのである。
彼は紛れもなく、先ほどこの店に訪れたばかりの、このカフェ『KAWA's』のお客様だ――。
そのことを明確に示すものがある。
今はテーブルの上に乗っている彼の、両方の肘から下。…ベージュのトレンチコートの長袖を纏うその左腕の隣に、白いコーヒーカップとソーサーが置かれ、中のホットコーヒーからは薄い湯気がふわふわと、楽しそうに踊る白い妖精のように立ち上っている。――つまりこのホットコーヒーは、彼が先ほどお客様として注文したものなのだ。
そして僕は、紛れもなくこのカフェ『KAWA's』の一店員だ。――現に今も、白いワイシャツに黒い腰巻き型のエプロン、下は黒いチノパンと黒い革靴を履いている。
「…………」
「…………」
しかし僕が思うに、この男性はもしかするとた だ の お 客 様 ではない可能性がある。
いや、もちろん今僕の手を取って、慎重に何 か を確かめているらしいこの男性が、ただ喉が乾いたからとカフェへふらり、コーヒーを飲みに来たお客様でないのはその通りだろう。
が――この眩しい金髪にサングラスの長身の男性が、此処カフェ『KAWA's』のドアベルをガランガランと鳴らしたとき、この店のマスターであるノダガワ・ケグリ氏は彼を一目見た途端、いつもお客様へ接するときよりもうんとかしこまっていた。
それこそ、ケグリ氏のそのカ エ ル 顔 も、やけに緊張して強張っていたように思うのだ。
「…………」
「…………」
そうしてこの店へと訪れたこの紳士の右手には白杖が、それで僕は彼が目の見えない方だとすぐに察し、彼の手を取ってこのソファの角席へと導いた。
すると、彼はこの席に着いたなり、にわかに――。
“「貴方の手を見せてくださいませんか。いえ、私は目が見えませんので、こ の 手 で」”
と…突拍子ないことを僕に言ってきた。
まあこの時点ではたしかに、彼以外のお客様はいなかった。
とはいえ僕はこのカフェの店員であり、彼のあとにお客様がご来店なさったならば、そのお客様の対応をしなければならないのはまず僕だ――マスターのケグリ氏は、基本的に注文を取ることはしない――。
正直そう言われて、僕が当惑するのは当然のことである。
しかし、僕がそうして逡巡し、「いえでも、仕事がありますから…」とほとんどは断る向きの言葉をしどもど口にしていると――この男性は「マスター、構いませんね」とマスターへ、するとマスターのケグリ氏が、カウンターの中から声を張り上げてこう…「あぁもう、煮るなり焼くなり、このユンファなら貴方のお好きにしてください」と言って、そうしてやけにすんなりケグリ氏がこの男性の要望を承諾したために、…僕は今、この状況になっている、というわけだ。
ただ、たしかに僕は先ほどこのお客様から、僕の手 を 見 せ て く れ と頼まれたわけだが――この行為にいったいなんの意味があるのか、なぜこんなことがしたいのか、どういった目的で僕の手を触り確かめているのかまでは、まだ彼の口から聞いていない(というかこのあとに明らかになるものなのかもわからないが)。
つまりこの状況は、正直僕にとっては疑問しか浮かばないようなものなのだ。
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