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              「いえ、そんなことはないですが…まあ、ありがとうございます…、…」    僕は複雑な思いにまたうつむいた。  正直反応に困るというか、僕じゃなきゃ正直彼、あわや勘違いされているところだ。――ソンジュさんは色男というか、意外と恋多き人なのかもしれない。   「そうご謙遜なさらずとも」   「…あぁいえ、別に謙遜しているわけじゃ…、…」    まあ…とはいっても僕は別に、自分の容姿をブサイクだとまでは思っていない。  いや、近頃はブスだ、なんだかんだと言われる機会も増えてきているために、あるいは本当にそうなのかもしれない、とは思うが。――別に自分の容姿をそう卑下しているつもりはなく、ただ…僕は今、しいて言えば警戒したのである。    もしや一時でも会話を交わすのだからと、ソンジュさんなりに僕と親しくしておこう、リラックスしてもらおう、といったような、彼としては本当に何気ない言葉だったのかもしれないが――性奴隷の僕なんかに、こうやって甘い言葉をかけてくる人にはむしろ、僕はかなり警戒してしまうようになった。   「…謙遜というか、僕が“エイレン様”に守られているわけがないかと…、それだけなんです、はは…、…」    こうして警戒したことを隠し、言い訳でごまかす僕だが、その実それに関しても事実そうだと思ってはいる。    “エイレン様”とは…――ヤマト人が結婚をするとき、お互いの両親から授けられる“正式な名前”。  古くからの伝統で、二人のその名前は婚姻関係を結んだ証に、和紙に墨で並べ書かれる。――それを書くのはお互いの両親であり、両家の両親が集まった際に、自分の子を授ける儀式としてそれを書くのだ。…そうして、その“正式な名前”を書いた紙は、結婚した二人が死ぬときまで桐箱に入れられ、大切に保管される。    そして、その二人がこの世を去った後――二人が入っている墓の中へと、その“正式な名前”が入った桐箱を入れることによって、その二人は来世でも結ばれることのできる、神に運命で定められし“永遠の愛”を証明した“神聖な夫婦”とされる。  そうして、死が二人を分かつときまで添い遂げたその二人のことを、僕たちは敬愛を込めて崇め、“永恋(えいれん)様”と呼ぶのだ。  ――これを簡単に言えば、“永遠の愛”を遂げた偉大なご先祖様を、“(自分たちの家の)恋愛成就、子孫繁栄の守護神様”とする、ということだ    とはいえ、――両家両親にお互いの正式な名前をさずけてもらう、という文化も含め――これらの伝統的な文化は、現代の僕らにとって古臭いものという風潮がある。  正式な名前を墨汁と筆で書いて保管しておく、なんてことも今や、多分ほとんどの人はしない。――ましてや昔とは違い、今のヤマトは自由恋愛の風潮が強いため、あっさり離婚するカップルも少なくはないので、そこまでやる家庭のほうがむしろ現代では少ないことだろう。  ただし、そうしたエイレン様になるための経緯的文化はともかく――なりたいという人こそ今は少ないが――世間的には現代でも、「自分の先祖にはエイレン様がいるんだ」と、自分の血族が高潔であることを自慢しているような人は多くいるし、女子高生なんかだってふつうに、「あのエイレン様を待ち受けにしたら彼氏できちゃった!」なんて日常会話を友達と気軽にするくらい、このヤマトではそのエイレン様を信じている人が多い。    何でも運命の人に出会わせてくれるとか…――“運命のつがい”を引き合せるのも、エイレン様である、とか。    本来は先祖信仰の一つだったのだが、たとえよそのエイレン様であったとしても、その二人があまりに有名であったりすると――そのエイレン様のご利益を賜りたいと、そのエイレン様の神社まで建てられているパターンまで存在しているのだ。  つまり僕らにとってそのエイレン様は、かなり身近な恋愛成就の神様なのである。    ちなみに、“エイレン様に守られている”と言われるような人は、容姿が美しかったり、人に好かれるような性格や声などを持っているとか、よくモテる人だとか、幸せな恋愛をしている人、運命的な素晴らしいパートナーを得た人など、恋愛において幸運な要素を持っている人のことを指している。  とどのつまりが、“(僕は)エイレン様に守られているんですね”というソンジュさんのセリフを簡単に訳すと、“ユンファさんは誰にでもモテそうな人ですね”という――すなわち、とても明るく気軽な意味の褒め言葉であった、ということだ。      それはもちろん僕にもわかっているのだが、ソンジュさんは、ただ単に僕を何気なく褒めただけのことなのだろうが――。   「…ユンファさんは、なぜエイレン様に、ご自分が守られていないとお考えなのですか。」   「……、…ぇ、その…いや、僕は特別イケメンというわけでもないですし、まさか僕にモテる要素なんかないですし、…性奴隷、ですし……」      もし僕がエイレン様に守られている人ならば――きっと僕は、()()()()()()()()()はずなのだ。      

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