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               此処カフェ『KAWA's』は、都心部から少し離れた場所にあるビル群、そのなかの一棟のビルの地下一階に存在しているカフェだ。  上の階、つまり地上一階にはアダルトショップ『Cheese』という店がある。――ちなみに、このアダルトショップ『Cheese』はケグリ氏の次男、ノダガワ・モウラがいつだったか最近新しく開店した店で、元々は空き物件だった。    そしてその『Cheese』の上――地上二階は、ノダガワ家の人々と僕が住んでいる、居住スペースとなっている。  そこに住んでいるのはノダガワ・ケグリ氏、彼の息子である長男ノダガワ・ズテジ氏、次男ノダガワ・モウラ――そして、彼らの性奴隷である僕、…その四名が共に暮らしている。    そのアダルトショップ『Cheese』の真隣に――この『KAWA's』へのやや急な、うす汚れたコンクリートの下り階段がある。…その下り階段の入り口、上部分には『KAWA's』と灯されたネオン看板が、二本のワイヤーで垂れ下がっている。    そして、その頭上にあるネオン看板を通り抜け、急な階段を十二段ほど降りると、このカフェ『KAWA's』への扉があるのだ。  開店中でも常に締め切られているこの扉は、赤銅色の木製の扉で、扉上部には半円形のアーチを描く覗き窓があり、円柱型のドアノブは黒い鉄製だ。――またそのアーチ型の覗き窓は、鉄でできた、ツタ模様の黒い枠の内側に赤や緑、青、黄色のステンドグラスがモザイク状になって嵌め込まれている。    その色鮮やかなステンドグラスは、昼夜問わず店内の抑えられた暖色の光を透かせてキラキラと輝き、また、その覗き窓の下に掛けられている『KAWA's OPEN』――その横長の黒板でできた看板は、『KAWA's』の開店を知らせるためのものだ。    しかし、このカフェにはほとんど常連客しかやって来ない。――それはきっと、あの締め切られた扉のせいだ。    たとえるなら、此処がカフェとも知らない人であれば扉を開けることをためらうような、いや、たとえカフェであるとわかっていても初めて此処へやって来た人なら、この木製の重たそうな扉を開けることには――いくら喉が渇いていたとしても――いささか勇気を要するような、そんなどこか人を拒むような扉、カフェ『KAWA's』の扉は、そういう重々しい雰囲気の扉だ。    まあ木製であれば物理的にもそれなりには重たいが、その実大人なら、女性でも簡単に開けられる重さの扉ではある。――僕が言いたいのは、もちろんあの扉の雰囲気の話だ。  いや、ある意味で僕はあの、人が()()()()()()に助けられているのかもしれない。――何も知らない人がこのカフェにやって来て、そして遠隔バイブでもてあそばれている店員の僕を見たら、透けている僕の胸元を見たら、いくら僕がオメガであったとしても、きっと誰しもが僕を軽蔑することだろう。  さて、その木製の扉をちょっとの勇気で開けると、当たり前だが、カフェ『KAWA's』の店内がやっと見える。  コーヒーの香ばしい香りがするカフェの店内は、陰湿なまでにうす暗い。――よく言えば()()()()()()とも言えるかもしれないが、少なくとも僕にとっては息苦しい店内だ。    コーヒーの香りでさえ、じっとりと陰湿なように思えて、僕はコーヒーが嫌いになりそうだ。…最近は良い匂いと思うどころか、臭い、と思う。まるで生乾きの洗濯物のにおい、そのような不快感さえある。    そうして僕が息苦しさを覚えるようなのは、このカフェ『KAWA's』が地下一階に存在し、窓が一つもないせいだろう。――あるいは十畳ほどの店内に、カウンターテーブル、それから壁沿いに繋がって並ぶ灰色のソファ席、ソファ席の前に長方形の木製テーブルと、所狭しとものを詰め込んでいるからだろう。    ――違う。  僕は自分が感じている、このカフェの“息苦しさ”や“陰湿さ”の原因は、もうわかっている。――わかってはいるが、僕は()()を直視したくはないのだ。      それも一つ、此処で務めるにおいての()()()()であるからだ。        

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