34 / 689

9

           そうして締め切られた赤銅色の、重たい木製扉を開けてすぐ、右手側にはコーヒー色のカウンターテーブルの側面がある。――扉の位置から奥へと伸びて続くその木製カウンターの、その端から端までは、五メートルほどはあるだろうか。    またカウンターの内側、壁に沿って並ぶ黒い木製の棚には、コーヒー豆のパッケージや、瓶詰めにされた紅茶の瓶がいくつか、それからガムシロップのパックやコーヒーミルクのパックなど、コーヒーや紅茶などのドリンクを提供するための道具や材料が、所狭しと並んでいる。  棚の隣には氷用の低い冷凍庫がある。その隣には大きく黒い冷蔵庫もある。…その冷蔵庫は、黒いせいでより大きく空間を圧迫して見える。――客側からは見えない、カウンターテーブルの内側にはシンクやガス台があり、またコーヒーミルやミキサー、ヤカンなんかの、()()()()()()器具が整然と並べられている。    そして、そのカウンターの対面にあるグレーのソファ席は、壁沿いにソファが長く一連となって続いている。  またそのソファの上の若草色に、黄色の縦ストライプの壁紙には、リアル寄りなおしゃれでポップな絵が豪奢な金の額縁に入れられ、等間隔に並んで飾られている――ぴっちりとした赤いボディコンを纏う金髪美女の絵、しゅっとスマートなダルメシアンがお座りしている絵、クラシカルな車の絵など――。    そしてそのソファ席の前には、正方形のテーブルが等間隔で並んでおり、二つ目、四つ目はそのテーブルの端がくっつけられ、長方形になっている。  テーブルの上の端に整理され、きちんとブックエンドに立て掛けられた黒い革表紙の本は、このカフェのメニューブックだ。――またソファの対面、正方形のテーブル席の前には一脚の木製の椅子が、二つ連ねられて長方形となったテーブルの前には、二脚の同じ椅子がそれぞれ置かれている。    それから…――出入り口の扉から見て、最奥にあるのは小さなステージだ。  十五センチほどフローリングの床が上がり、背景には真紅のビロードの天幕がかけられている。――そのステージ上には普段から何もないが、天井にはステージ上の照明となるライトがいくつもあり、小ぶりなミラーボールも天井からぶら下がっている。()()()このステージの照明が灯されることはない。  また、このカフェの店内がうす暗いのは、窓がないのに付け加えて――この店の照明のせいだ。  抑えられた光量の細長い蛍光灯が天井に張り付き、そして、細長いカウンター辺りの天井からぶら下がった、三角の笠の下に灯る丸い電球が等間隔に五つ。  それからカウンターの対面に、壁沿いにずらりと繋がって並んだソファ席の前、正方形の木のテーブルの、その複雑な年輪を映えさせるよう天井から垂れ下がった丸い電球の光のほか、明かりとなるものがないせいだ。    そうだ…――そのせいだ。  そのせいなのだ、…僕が、()()()()ではない。    ましてやカウンターテーブルにしろ、ソファ席の前に三十センチほど間隔を空けて置かれた正方形のテーブルにしろ、その色合いはまるで木材をコーヒーに浸して染めたような色をしており、全体的にインテリアの色調が暗いせいだ(壁に飾られた絵以外)。    陰湿だ…――一年半ほども此処に勤めていれば自ずと見慣れているこの店内は、此処に居るだけで僕の全身になめくじが這っているかのごとく思うほど、陰湿な雰囲気だ。  いや、わかってはいるのだ…――此処カフェ『KAWA's』の店内は、たしかに地下にあって窓がない。置かれたテーブルやソファ、何もかもが暗い色合いで、しかもわざとうす暗く設定されている照明ばかりしかない。    ――しかし、だからといって()()()()()が、このカフェの店内を、陰湿だとか、うす暗くて気味が悪い雰囲気だと思うかといえば、きっとそうではないのだろう。    正直ほとんどの人は僕と違って、少しクラシカルでムードのある、()()()()()()()()()()()としか捉えないことだろうが…――。      しかし、事実僕にとってこのカフェ『KAWA's』の店内は、自由に息をすることさえ僕に許してはくれないような、そんな重苦しく陰湿な場所なのである。    そんな――開店前のカフェ『KAWA's』の店内で、僕はソファ席のテーブルを、湿った布巾で拭いていた。  店内の清掃――つまり、僕は開店準備をしていたのだ。    

ともだちにシェアしよう!