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               開店準備の店内清掃。  濡らしたあと固く絞った白い布巾で、正方形の木製テーブルを拭いていた僕は――突然黒いチノパンを纏ったお尻をするりと撫でられ、驚きと、ざわつく嫌悪感から思わずビクついた。  それは、僕の背後にぬらりと現れたケグリ氏の手だった。   「ユンファ、作業は進んでいるかね…」    彼はこう、ねっとりとした低い声で聞いてきた。  僕はハッと身を強張らせ、顔をテーブルへと向けたままに何度もうなずいた。   「あっはい、だ、大丈夫ですマスター、順調です、…」    そんな僕の声は震え、どこかまごついていた。   「……、…、…」   「…そうか…? ん、どうしたユンファ、そんなにいやらしくお尻をもじもじさせて…、私にケツを撫でられて、感じとるのかね…?」    そうじっとりと吐息混じりの静かな声で話しかけてくる、この『KAWA's』のマスターであるノダガワ・ケグリ氏は――僕のお尻を遠慮なく撫で回し続けてくる。  僕はその実、それに感じているというより、本当は――嫌だ、やめてください、と言いたいために身じろいでいたのだ。…ただ嫌、と言えばまた何をされるかわからないので、あたかも真面目に仕事をしているように。   「…いえ…あと、テーブルを拭いて終わりですから…」    僕はケグリ氏のことを見ず、ただひたすらテーブルを拭いていた。――店内には先ほど僕がかけた軽快なジャズミュージックが、控えめな音量で流れている(ちなみにこれはCDなどではなく、ジャズミュージックだけが流れるラジオのチャンネルによるものだ)。    正直いうと、僕はあまりケグリ氏を見たくない。  嫌な記憶があるというのもそうだが、僕は単純にケグリ氏の、不潔そうなその容姿が苦手なのだ。    僕の感覚で言わせてもらえば、ケグリ氏は耐えがたいほど不潔感のある、醜い太ったおじさんなのだ。――その黄褐色の肌は常に脂ぎってテカっているし、禿げかかったまばらな黒髪にしろ、中年太りしたその体にしろ、そのカエルのようなイボだらけの顔にしろ…そのギョロリと飛び出た目にしたって、僕は本当にこの人を“醜い”と感じる。    いくらこの店のマスターで、()()()飲食店ともあって毎日風呂には入り――ちなみに僕はこの人の性奴隷であるため、僕が毎日ケグリ氏の体を()()洗ってやっている――、店内では白いワイシャツに黒いカマーベスト、黒の蝶ネクタイをして決め込んでいたとしても、そのように一見清潔感がある格好をしていたとしても、…どうしてもケグリ氏を見ると、僕は嫌悪感が湧いてきてたまらなくなる。――()()()、泣きそうになるのだ。    こんなに人の容姿に不快感を覚えるのは、あとにも先にもこのケグリ氏だけだ。  いっそ吐きそうになるといっても過言ではない。    が…僕は、――()()()()()()()に、このケグリ氏のことを“醜い”などとは思わないほうがいいのだろう。  そうして僕はケグリ氏に振り返りもせず、ブックエンドごとメニューブックを上げて丁寧に、この真四角のテーブルを拭いていた。――しかし、 「――ひ…っ♡ んグ、…ふ…っ」    油断していた。とっさ口を引き結んだ。  また、ブックエンドごと僕は、掴んでいたメニューをガタッと強くテーブルへと置いた。  僕の体内に入っている()()がグネグネと動き出し、その先端がピストン運動を始め、()がトントンと突かれ始めたせいだ。  挿れられてからは微弱にブルブル震えているだけであったので、それくらいならばまだ耐えられていたが――コレの動きが、突然複雑になったせいで僕のナカはぐちゃぐちゃに掻き回され、…僕の内腿はガタガタ震えて、んっと思わず出てしまった声に口を押さえる。    僕の腰がくねる。  ケグリ氏は、僕のお尻をパンッと叩いてきた。   「…ン…ッ!♡」   「…なにケツをもじもじさせておるんだ、ユンファ…ん…? さてはお前、そうして私を誘っているな…?」   「…ち、違いますマスター、ごめんなさい、…」    ガタ、と目の前にあるテーブルが音を立てたのは、湿っている白い布巾を握っていた手を、僕が咄嗟テーブルに着いて支えにしたからだ。――ヴィンヴィンヴィン…と濁った音が僕の体内から聞こえている。…店内のジャズミュージックにもごまかされないその鈍いモーター音に、僕が何度苦しめられたことか。   「…ま、マスター、お願いします、…とめ、て、…とめてくださ、…」   「何をしているユンファ。早く開店準備を進めなさい。――それとも、また“お仕置き”されたいのかね…?」   「ひぅ、♡ ~~っ」    片方の尻たぶを痛いほどつままれて、僕は顔を伏せたまま何度も横にかぶりを振った。――ごめんなさい、ごめんなさい、お許しください、と。  もちろんケグリ氏は全て()()()()()()上でニヤニヤといやらしく笑い、僕にそう言っている。    チラ、と横目に見れば、僕と目が合うなりニヤリと悪く笑い、ケグリ氏は舌なめずりをした。まるで餌を、口の中に捕らえたカエルのようだった。  ケグリ氏の片手は、彼が穿いている、オーバーサイズの黒いチノパンのポケットへと突っ込まれている。――そこにあるのだ。…僕のナカに入っている“遠隔バイブ”のスイッチが。  そしてケグリ氏は下劣な笑みを浮かべながら、少し前屈みになっている僕の、やや突き出されたお尻をさわりさわりと丸く撫で回してくる。   「…何だ…もしかしてユンファ、体調が悪いのか…?」   「…は、♡ い、いえ、大丈夫です…、…」    僕は、大丈夫。僕は大丈夫。  問題ない。問題ない、僕は大丈夫――日々僕はそう自分に言い聞かせる。…今度もそうして、僕はぎこちなくもまたテーブルを拭くことに集中しようとしていた。    とにかく、直視しないことだ。  こんな目にあっている自分のことを、僕を支配しているこの醜い男のことを――。      

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