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しかし、そうしてまたテーブルを拭き始めた僕のことを、ケグリ氏は後ろからガバリと。
「…なんだ、冷たいなぁユ ン フ ァ 君 は…」
「……っ!」
そうしてケグリ氏は僕の腰を、後ろからガバリと抱いて抱き寄せ、…ぎゅうっと強く抱き着いてきた。――嫌悪感に眉に力は入るが、…僕の体は竦んでしまっている。
「…私は心配しているんだよユンファ君…、なあユンファ、もう素直になっていいんだぞ…?」
「ぁ…、あの…ご、ご主人、様……」
その太ったお腹を始め、自分の体を僕に密着させてきながら、気味の悪い優しげな声を出して、まるで僕を心配しているような素振りで――ケグリ氏は、僕の腰に巻いたエプロンの上から、僕の下腹部をいやらしく撫でてくる。
「…ほらユンファ…、そろそろ諦めて、私のことを旦 那 様 と呼びなさい。私だけのものになったら、そうしたら優しくしてやると、いつも言っているだろうに…」
「………、…」
しかし僕は、まだそこまで堕 ち た つもりはない。
お前は駄目なやつだ、お前は所詮ヤ ガ キ だ、だからお前は駄目なんだよ、セックス以外には取り柄のないオメガ、お前はそれ以外に何もできない、なんの役にも立たないオメガだ…――この数々の僕への侮辱を、いや、はじめこそ侮辱と思っていたのだが、近頃の僕は徐々にそのことは事実なんじゃないだろうか、と受け入れつつある。
とはいっても…――僕は、このケグリ氏とは絶対に結 婚 し な い 。
そうすれば優しくされるとしても、性奴隷扱いではなくなるとしても、…だ。
この男と結婚するくらいなら、よほど性奴隷でいるほうがマシだと思っている。…そこまで自分の尊厳や誇りを失ったつもりはないのだ。
「…ご主人さ…っあ…!♡ ァ…ッ♡」
バイブに突かれている僕の子宮を、ケグリ氏の手にクックッと上から押されて刺激され、そのたび僕の腰がガクッガクッと跳ねた。…しかも、信じられない…――信じたくはない、…いやに甘い声が出てしまった。
「……〜〜ッ」
僕は口を押さえた。もう片手はテーブルに着き、うなだれる。
全身にじわりと汗が湧いてきた。…奥歯を食いしばり、自然と深く眉が寄ってしまう。僕は固く目を瞑り、この快感の波を耐える。――今も上から子宮を押されて、がく、がく、と腰が跳ねてはいるが。
「…素直になればいいものを…、どうだ、ユンファ君の子宮は、そろそろ私の赤ちゃんを欲しがってるんじゃないか…?」
「……ッ♡ …ッ♡ …〜〜ッ♡」
欲しがってなんかない、――子供なんかいらない。
押されるその度に、膝が抜けてしまいそうになる。頬が、耳が熱くなる。――ケグリ氏は僕に快感を与え、頭をとろけさせて言 わ せ よ う というんだろう。
ただ、僕は意地でも、たとえどれほど酷くされようが、どれほどオモチャのようにもてあそばれようが、――それでも僕は、絶対にケグリ氏のことを旦 那 様 とは呼ばないと決めている。
「…まったく…、お前の処女はもうとっくに私のものになっているのだよ、ユンファ…――ファーストキスも私だったんだろう? お前は私に操を立てたんだ、なら、私たちは結ばれるべきじゃないか…」
「……っ! は…、ごっご主人様…これじゃ開店準備が、進みませんので…そろそろ、お許しください……」
全部、…真 実 だ。
僕の初体験は、このケグリ氏だ。――僕のファーストキスの相手も、このケグリ氏だ。
ケグリ氏は僕を暴いたとき、まるで僕を呪うように「お前の初めての相手が私であることは、もう一生変わらないんだよ」と、ぼんやりとした僕の耳に囁いてきた。
だからだ。
だから僕はきっと、このケグリ氏を“醜い”なんて思うべきではない。――そう思ってしまえば、僕の初体験の相手も、ファーストキスの相手も、この気持ち悪くて醜い男であると自分の記憶に刻まれて、もっと死にたくなってしまうからだ。
それでも、たまにあ の 日 の こ と を思い出すときがある…――すると僕は、意思が揺らいで死にたくなるのだ。
それでも僕は、生きてゆく。そう決めている。
何度も何度も、死にたくなるたび僕はそう思い直した。どうしても守りたいものがある。僕は、まだ死ねない――どんなに酷い扱いをされようが、自分の大切にしていたものを一つ一つ失おうが、…それでも僕は、まだ生きなければならない。
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