39 / 689

14

                 恩は返すつもりだ。  ケグリ氏と僕のこの関係性――ご主人様と性奴隷という関係は、いってみればそれだけのことなのだ。――ただ…僕はたまに、自分の中に二人も三人も別の人格がいるような感覚がすることがある。  いや、多重人格者、ということじゃない。――話に聞くその人々は、人格が入れ替わるごとに記憶を失うというだろう。    僕には、そういったことは一切ない。  ただ、ただシンプルに…――ケグリ氏に怯えている自分が、次の瞬間にはその人に殺意を覚えている。  こんなに淫蕩な行為をして、あまつさえそれに感じてしまう自分を恥じていた次の瞬間には――快感に溺れ、それを淫魔のように貪る自分もいる。――自分のことを、僕はユンファだ、ときちんと自覚しているときもあれば…『夢見の恋人』に出てくるオメガ男性…僕は“ユメミ”だ、と思うこともある。    そうだ、僕は惨めなメス奴隷です、ヤガキなんです、その通りです、僕はどうしようもないマゾヒストの変態で、おまんこしか取り柄のないオメガ、性奴隷がお似合いの馬鹿オメガなんです…――そんなわけないだろ、理不尽な理由付けで、僕の誇りを傷付けて楽しんでいるだけなんだろ。…自分よりもランクの高い大学に通っていた僕への嫉妬だろ、わかってるんだからな。…てか僕のより粗末なくせに、何がクリチンだよ。    こんな人に、自分の初経験が、ファーストキスが奪われたなんて、信じたくない…――どうでもいい。だからって別に死にやしないし、初めてってそこまで大事か? 女じゃあるまいし、てかこんだけ何千本も咥えてりゃあそんな記憶、忘れちまったね。    そうして相反する僕の精神は――もはや、自分でもよくわからない。…もうよくわからなくなっている、自分でも、自分のことが。――僕の()()がどれなのか、正直僕にはもうわからないのだ。     「――…は…、ぁ、…はぁ、…」    両脚を震わせながらも、テーブルを支えにしてやっと立ち上がった僕を、ケグリ氏はせせら笑うかと思いきや――また甘ったるい声で、僕の腰のサイドを撫でてくる。  こうしてわざわざ開店準備中にもちょっかいをかけてくるケグリ氏にだって、僕はもうすっかり慣れた。   「…おいおい、脚が震えているぞユンファ…、体調が悪いんじゃないのかい…?」   「…はぁ…、…大丈夫です…、僕は大丈夫です…」    僕は、大丈夫だ。  まだ全てを諦めて、死のうとも思っていない。――僕は大丈夫だ。  すると、面白くなかったのだろう――ケグリ氏は突然、…僕が穿いている黒いチノパンの上からグッと、窄まりの辺りに指を強く食い込ませてくる。   「…ん…っ」    そしてそのまま両方のお尻を強く、痛いくらいの力で揉みしだかれ、僕はテーブルに両手を着いたまま――片手には布巾を握ったまま――、深くうなだれる。   「…お前が来てから、ずいぶんこのKAWA'sも繁盛している。助かっておるよ――大事にしないとな…? 従業員のお前の()調()()()も、マスターの私がきちんとしなければ…これも()()()()()()()だろう、義務。」   「…は、はぁ…、ん……、」    返答する余裕は僕にない。――いまだに僕の膣内で、“フルモード”で不規則かつ強烈に暴れ回っているバイブが、僕の腰を震わせているからだ。  するとケグリ氏は、またガバリと後ろから僕に抱き着いてきた。――僕の裏ももあたりに、背が低い彼の怒張がグリグリ押し付けられている。…そして、その太い手の指の爪先が、僕の両方の乳首の先端を、この薄いシャツの上からカリカリ引っ掻いてきた。   「…やっ…ぁ、♡ ぅんっ♡」    僕は身をよじりながら軽い抵抗をしたが、ケグリ氏は鼻息を荒くして、   「ユンファ、もうお前は()で休んだほうがいいだろう、なあ、…私が()()をしてやるから、()に行こうな…? なあ?」   「…んん…っ♡ は、……」    上というのはこのカフェの二階にある、僕らが住んでいる居住スペースのことだ。――つまりこのときのケグリ氏は、上の部屋で僕を犯したくなったのである。    このパターンはその実、よくあることだ。  であるから…いつもなら僕は、ご主人様であるケグリ氏にそう誘われたとき、性奴隷である僕にそれを断る権利などあるわけがないので、大人しく彼に着いて行き――そしてケグリ氏の勃起へと、全身へと舌を這わせる丹念な愛撫をしたのちに、そのまま彼に跨がるところだった。    または、ケグリ氏の気分によっては彼主体で乱暴に犯されるか、はたまた「ラブラブなエッチしようなぁ」なんて囁かれながら、僕の全身が唾液まみれになるまでベロベロ舐め回され、()()()()()的に犯されるか――そう。    ()()()()()()――そのはずだった。   「…ほらユンファ…、お前もまんこが疼いてきてたまらんだろう、なあ、バイブなんかより、お前だってご主人様の立派なおちんぽが欲しいだろう?」   「…はぁ…はぁ…、…は…、はぁ…――。」    僕はこのとき、全てを諦めてぼんやりとしていた。  今にも「はい」と答えそうだった。が…――。      そう…今日は、今日だけはいつもと違ったのだ――。        ――ガランガランガラン…。        

ともだちにシェアしよう!