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          「――…っ!」   「……は…、…あ、」    ガランガランガラン…と――このタイミングで鳴ったのは、この店のドアベルの音だった。  ケグリ氏は驚いたのだろう、彼は、僕の裏でビクンッと体を大きく跳ねさせた。    つまり、僕らがこうしてもつれ合っている間にも時刻はどうやら、もうこのカフェ『KAWA's』の開店時間、十時となっていたらしい。  扉の内側上部に取り付けられた、その青銅のドアベルの音はもちろん、このカフェの来客を知らせるための音である――。    となればさすがのケグリ氏も、さっと僕から身を離して咄嗟、「いっいらっしゃいませえ、」と言いつつ慌てて、バイブのスイッチを切ったのだ。――それも、いつもならば完全にスイッチを切るようなことはしないのだが、僕に迫ってきていた、というある意味ではかなりプライベートな瞬間に突然訪れた来客には、さすがの彼もよほど驚き、焦ったのだろう。  もちろん僕もドクッと心臓が痛み、慌てて出入り口のドアのほうへと顔を向けながら、仕事モードへと切り替えたつもりでこう言った。   「…い、いらっしゃいませ…」    と…マニュアル通り。  そして僕は、今しがた訪れたばかりのお客様を見た。      ――そう、その人こそ、ソンジュさんだったのだ。     「…………」    このほの暗い店内に、眩しいホワイトブロンドの髪、上品なオールバック――180センチ以上は確実にあるその長身にはベージュのトレンチコートを身に纏うが、その脚の長さに対しては過ぎるほど小さな顔、パッと見ただけでも端正な佇まいとそのスタイルの良さがわかる、…まるでモデルだ。    そして、その小さな顔にはやや角ばった四角いサングラスをかけている。…前の締め切られたトレンチコートの首元、そこから覗く白いワイシャツの襟と真紅のネクタイ。    ただ、ソンジュさんのその美貌にも目を惹かれた僕だが(見たことがないほどの美貌に、正直少し驚いたくらいだ)、しかし何より――彼が右手に握るその白杖に、何よりも目を奪われた。…このときは伸ばされ、床にその先端がつくほど長かった。    いや、確かに彼は立ち姿からしてもう整っていた。…それだけでももう美形だとわかるというか、しゃんと背を伸ばし、そこにただ立っているだけでも様になるようだったその人だが――目が見えない方だとわかると、それよりも僕が印象的に思ったのはやはり、その白杖であったのだ。    とにかく、僕は焦っている気持ちのまま小走りでお客様、…ソンジュさんへと駆け寄った。――僕がお客様の対応をしなければならない。ケグリ氏…つまりマスターはもう、すっかり逃げ腰でカウンターの中へと引っ込んでいる。   「…いらっしゃいませ、何名様ですか」    見るからに一人ではあるが、これというのは必ず聞くべきと教えられていることなのだ。――たとえ来店時にお一人であったとしても、後々になってお連れ様が来店されることもよくある。  つまり、そこら辺を加味した席へのご案内をしなければならない、ということだ。  ただその事務的なセリフの裏で僕は、人というのはこれほどに薄情なものか、とも思った。――自分よりも相手にハンディキャップがあるとみるなり、いつもよりも自然に優しい声を出していた自分に、内心では苦笑していた。    案内を待っていたのか、入ってきては自然とゆっくり閉まった扉の前で佇んでいるソンジュさんは、目の前の僕を見下ろすことはなかった。…僕は178センチ、しかし背はおよそ十センチほどは違うために、彼が僕を見ようとすればやや見下ろすようだっただろうが――そもそもソンジュさんは目が見えていないために、顔を真っ正面から動かすことはなかったのだ。    そして「…一人です。」と、左手の人差し指をピンと立てて答えた彼に、僕は顔を(僕のほうから)右手側の、ソファ席へと向ける。   「…かしこまりました。…今は空いていて、お席はどこもあいているので、お好きな席に…――いえ、…」    しかしそこで、僕はまたソンジュさんへと顔を戻した。   「お客様は、どのようなお席がお好みですか。…ソファの角席か、あるいは中央の席はテーブルが広いですし、…ソファ席の対面には、通路側とはなってしまいますが、お椅子もございます。…それと、カウンター席もございますが。」    慣れで自然と笑みを浮かべてそう言いながらも僕は、実はこのとき――立っているだけでどこか人を威圧するような人だな、なんて考えてしまっていた。  良く言えばオーラがあるというか、高貴そうというか、こうして向かい合って立つと、なんとなしの威圧感を覚えている。目の見えない方と初めて対面したからこその緊張か、――あるいは、その艶のある血色の良いふくよかな唇に、冷ややかな無表情が見えていたからか、…もしくは、僕より背が高いから、かもしれない(実は僕、こんな十センチ近くも自分より背が高い人と向かい合ったことがなかったのだ)。   「…そうですね…、では、ソファの角席で。」   「…はい、かしこまりました。…」    僕は再び、そのソファの角席へと顔を向けたが――はた、と気が付き、…ソンジュさんへとまた顔を戻しては、少し勇気を出して、こう彼に提案してみたのだ。     「…あの…もしよろしければ、――僕がお客様の手をお借りして、そちらのお席までご案内いたしましょうか」          

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