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「…なるほど。――ではそのお話、詳しく聞かせてください。」
借金がある、と僕が言った途端――ソンジュさんは前のめりでテーブルに両肘を着き、その先で両手を組み合わせ、…その態度はまさしく、ここ一番の興味関心を僕に寄せてきているようにしか見えない。
つまりソンジュさんは、僕のこ う い う こ と が(取材として)聞きたいのだろう。…僕は「ええ」と答え、もう彼に何もかもを正直に話すつもりだ。――というのも、どうせこので僕が濁したところで、また激しく追求されるのは目に見えているからだ。
というか別に、そ の こ と を話すにおいて僕は、そう後ろめたい思いもない。
ただ真 実 がそこにあり、その真 実 の先に続いて存在しているのが、今の僕なのだ。――僕はもう今や、かなり割り切ってそう考えているところがある。
だから僕は、口を開いた。
「…僕は、…一年半くらい前、かな…――実は、この店のオーナーであるノダガワ・ケグリ氏と、あ る 契 約 を交わしたんです。…」
そう…僕は約一年半前――あ る 事 情 によって、このカフェの経営者であるノダガワ・ケグリ氏と“契約”を交わした。
その事 情 というのは――。
「…それは、“借金返済”のためです。――僕のことを育ててくれた両親…、いや、厳密に言えば僕は彼らの養子なので、養父母の……」
「…ええ…?」
「…はい、それでその…養父の、会社が突然倒産してしまいまして…――それで僕らは、多額の借金を負ってしまったんですが、…ケグリ氏がそのとき、その借金をすべて肩代わりしてくださって…、…」
そうなのだ。
ここまで僕を育て上げてくれた、僕の父――僕は養子で、正確には養父――が経営する会社が、約一年半前に、世の中の不況の煽りによって倒産してしまった。
そして、そのことで生まれた多額の借金を抱えた我が家は、当然かなり絶望していたが――このカフェ『KAWA's』のオーナーであり、僕の父の十年来の友人であるノダガワ・ケグリ氏が、その借金を丸ごと肩代わりしてくださった。
「ただ…そのときにケグリ氏が提示してきた、借金を肩代わりする“条件”が――僕 だったんです。…」
「…ユンファさん、ですか」
「…はい…、そして僕は、それを受け入れました。だからこ う な っ て い る んですが…――でも正直言うと、日々後悔しそうにはなるんです…、それも僕が、弱いからですが…」
――ただ、その“契約”はあくまでも千日間だ。
つまり此処で働く期間は三年もないのだからと、いま僕は必死に耐えている。…いや、その実僕を取り巻く状況はどんどん悪くなっていっているようにも思うが、とはいえ、僕はもう既に此処で一年半は働いているわけだから、その“契約期間”は残すところ、あと一年半もないのだ。
もう少しだ、もう少し耐えろと、僕は日々自分を叱咤激励して何とか凌いでいる。
「…きっとケグリ氏の“狙い”は――はじめから僕 だったんでしょう。…」
「…………」
僕はぼんやりとコーヒー色のテーブルの木目を眺めながら、ソンジュさんにこ の こ と を話しはじめる――。
×××
きっかけは、晴天の霹靂――僕が二十六歳、まだ大学院生のころ…養父が経営する会社が、不況の煽りによって倒産してしまった。
そのときに抱えてしまった借金の額はおよそ一千万円以上…――その影響で僕たちは明日食べるものにも困るような生活となり、また。自分たちが住んでいる家に関しても査定にかけている始末だった。――自己破産の手続きも進み、家の中のさまざまなものが差し押さえられて、…しかし、そんな僕たちの家にやってきたのは――ノダガワ・ケグリ氏だった。
ケグリ氏は、わざわざ黒いスーツ姿で我が家にやって来た。「今はいろいろ大変だろうなぁ」なんて呑気に間延びした声で言った彼は、並んで座る僕と父、そして母の対面にテーブルを挟んで座っていた。
ちなみに僕は、ケグリ氏のことを自分が小さなころから知っていた。…見た目はあまり清潔感もないし、正直子供心にも漠然とした気持ち悪さを感じてはいたが、そうはいっても彼は父の親しい友人でもあるし、何よりも見た目によらず、こ の と き ま で は 僕に、ケグリ氏はとても優しく接してくれていた。
ましてや僕は両親に、人を見た目で判断してはいけないと教えられていたために、ケグリ氏のことはずっと“ケグリおじさん”と呼んで、たまにラフな格好で家に来るケグリ氏には、子供なりにもわりと普通に接していたのだ。
だから、ケグリ氏が我が家のリビングに座っている光景には違和感がなかったが、かしこまって黒いスーツを身に纏っている彼には少し違和感があった。…いや、それはケグリ氏に対する違和感だったのかはわからない。
いまだに信じられない、というような、昨日までは和気あいあいとなんの心配もなく、平和で幸せな生活を送っていた僕たちが、とつぜん明日食べるにも困るような生活になったという――幸せな夢が覚めてしまったのか、あるいは今の状況が悪い夢なのか、直後ではまだこの苦しい状況を受け入れきれていないが故の“違和感”だったのかもしれない。
そして、僕たちの前に座ったケグリ氏は、「…私は、君の友人としてできることをしようと思うんだがね」と単刀直入に言い、こうニヤリとしながらも続けた。
「…なあ、君の借金なんだが、私もいくつか会社を経営している身なのでね。まあそれくらいの資金はある――もしよかったら、私が全額肩代わりしてやろう。それに君ら家族の、当面の生活費も出そうと思っているんだ。」
この言葉を聞いたとき、きっと僕ら三人は同時に、暗雲の隙間から差し込む一条の光を見たような気分だったことだろう。――そして誰もがすぐに何も言えず、ただ目を見開いて三者ともにケグリ氏を見ていた。
「ありがとう、…いや、ありがとう本当に、助かる、本当にありがとうケグリ、助かった、助かった」
ややあって、僕の父が泣きながらダイニングテーブルに両手をつき、頭を下げてこう言った。
それから僕の両親はひたすら「ありがとうございます、本当に助かります」と彼へペコペコと何度も頭を下げていた。……そして、少し遅れてから僕も、ケグリ氏が我が家を助けてくださった――多額の借金をどうにかしてくださった――んだと理解し、僕もまた両親に合わせてケグリ氏へと頭を下げ、そのあとも、いつの間にか申し訳なさと有り難さにうつむいていたのだ。
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