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しかし…ケグリ氏は続けて、こう提案してきた――彼はこ の こ と に関して、父にはずいぶんうまく言っていた――。
「ただ、((この額))をタダで肩代わりというのも、優しい君には重荷だろう。なに、今ちょうど経営しているカフェが人手不足でね。それで、もしよかったら――ユンファ君をちょっと貸してくれないか。…もちろん君やユンファ君がよかったら、だが。いやいや、千日間ほど構わないよ、その間に新しい従業員も用意できると思うからね。」
これはとてもじゃないが、多額の借金を肩代わりしてくださった人だとは思えないような、そんな恐ろしいほど軽快にそう提案してきたケグリ氏だったものの…――僕の父はその提案を聞いたとき、心労で以前よりげっそりと痩せてしまった顔を青ざめさせた。…父もまた嫌な予感がしたのかもしれない。
すると、途端に僕の父は“救われた人”の顔ではなくなり、それでなくとも疲れきっていたその表情を、さらに翳らせたのだ。――そして父は僕の顔をちらりと一瞥すると、「でも、この子はまだ学生だからそんな時間はなくてね…私じゃ駄目かい」と力なくも、その提案を拒むような調子で言ったのだ。
だがもちろん、そこで引くケグリ氏ではなかった。
「いや、君じゃ駄目だろう。君はなにかと後始末に追われているはずだ。まして奥さんは、君の側に居たほうがいいだろうしね。――なに、ちょっとしたバイトさ。」
そうケグリ氏は何かと言い訳を見つけ、とにかく僕にこだわった。――ちなみに僕はこのときに、うっすらと彼の思 惑 を察してはいた。
ましてやこのときの僕は、父の隣の椅子に座っている僕をチラチラと見てくるケグリ氏の、その品定めをするような陰湿な暗い目と目が合うたび、ゾクリと嫌な思 惑 を直感していたのだ。
しかし――ケグリ氏のこの提案を拒むということは、すなわち借金の肩代わりをも拒むということだと、所詮社会にも出ていない学生の僕にも、それはよくわかったのだ。
なので僕は、背を正して自分の骨ばった両膝を汗ばむ両手でしかと持ち、覚悟を決めた。――その調子で、ケグリ氏を強い意志で見据えて神妙になり、彼のギョロリと飛び出た目を見ながら深く頷き、こう言った。
「…わかりました。ケグリおじさんのカフェで僕が千日間働けば、借金を…その、おじさんが、いや、ケグリさんが、どうにかしてくださるということなんですよね。でしたら、ぜひ。――ぜひ働かせてください。お願いします。」
そう深く頭を下げた僕に、両親は「お前、でも、駄目だ」だとか、「ユンファがそんなことしなくていいのよ、お母さんたちがなんとかするから」だとか、僕がケグリ氏の提案を受け入れたことに対して、酷く動揺していた。
だが、もう既に覚悟を決めていた僕は、「心配ないから、僕は大丈夫だよ」と強い調子で両親に言い返して、頭を上げた。
目線の先に居たケグリ氏は――その飛び出た瞼を糸のように細くして、ニヤニヤと笑いながら僕を見ていた。
「よろしくお願いいたします、ケグリさん。」
「…さすが頼もしいなぁユンファ君は。オ メ ガ に し て 大学院にまで通っていただけのことはあるね。――世の中のことをよくわかっている。いや、本当に聡明な子だ。」
表面上僕を褒めそやしたようなケグリ氏の、“オ メ ガ に し て ”という言葉は、どこかオメガである僕を侮蔑するような響きがあった。…少し嫌な気持ちにはなったものの、僕は「ありがとうございます」と返した。
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