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“「…大丈夫ですよ、ユンファさん。…俺 が全部、何とかしてあげる…――。」”
そう言ってはくれたソンジュさんだが、――正直いうと、それはあまりにも無責任な話だ。
だから僕は、いつの間にか昂ぶってしまった感情を落ち着かせるように深呼吸をしたあと、…するりと、ソンジュさんから離れた。
「…いえ…、なんともなりませんから…というか、――僕は今、自分で全部な ん と か し て い る んです」
「…………」
ソンジュさんの、そのややタレ目がちな切れ長の目は、やはり開いている。
今は少し不機嫌そうなその瞳は、透き通った淡い水色だ。――まるで綺麗な水のようである。
「…それに僕は、此処以外でも働いていて……」
「…あぁ…たしかこの“KAWA's”は、金・土・日の週末のみハプニングバー、“AWAit”になるんでしたね…」
不機嫌そうな低い声でそう言うと、腰を伸ばしたソンジュさんはふいっと顔を横に背け――隣の席から、ズズズ…と、もう一脚木製の椅子を、僕のほうへと寄せてきた。
「……、ぁ、いえ…それもまあ、そうなんですが…」
いや…気のせいだろうか?
いや、いや多分、僕 の 気 の せ い で は な い だろう。
はぁ、と神経質なため息を勢いよくつき、ソンジュさんは寄せてきたその椅子に腰かけると――テーブルに向かって座る僕の、太ももの側面に彼の膝が当たる…つまりソンジュさん、僕のほうに体を向けて――、彼はその長い脚をスマートに組み、片肘をテーブルに着いて、頬杖をつく。
そして僕の横顔を、その不機嫌そうに鋭くなった切れ長の目でじいっと見つめてくる。――のだが…いや、やっぱりソンジュさん、
「……それで?」
「……ぁ、え、…ですから…」
僕はこの猜疑心を悟られないように顔を伏せた。――どう考えても彼 、目 が 、見 え て い る 、だろう。これ。
「……、…?」
ソンジュさんは、視覚障がい者の人じゃなかったのか?
――いや、じゃないならどうして、障がい者の方のふりなんかしているのだろうか、彼。
何というか…本当に視力の弱い、あるいは目の見えない方への冒涜というか、本当にそのハンディキャップで困っている方に失礼というか、――何というか…、本当に変な人というか、ちょっとやっぱり、どうかしている。
「…あー。毎月“AWAit”で行われている、あ の イ ベ ン ト が気がかりなんですか。」
「……ぁ、いえ、そ…そうではなくて…、…」
不機嫌丸出しの、棒読みだ。――ソンジュさんのこの態度、いっそ僕は彼に責められているのかとさえ勘違いするようなのだが。…当て付け…というか。
ただ、なるほど…やはり彼、はじめから何 も か も わ か っ て い て 此処に来たらしい。――“スペシャルメニュー”のことを知っていたソンジュさんは、大方の僕の予想通り、そのハプニングバー『AWAit』の存在も知っていたようだ。
「あの。…ユンファさんの。オメガ排卵期中三日間限定で行われる、妙 な 感 謝 祭 ですか。…へえ。ユンファさんは、そんなことが気にかかるのですね。――貴方は随分仕事熱心なようだ。…あ ん な 仕 事 が?」
「………、…」
何とも強い調子だ、かなり…棘のある言い方に、聞こえるのだが。
もしかしてソンジュさん、僕を家に連れて帰れないとなって、…拗ねているのか? いや、こんなに立派で余裕たっぷりな紳士が、まさか。
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