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恋人ができた、という浮ついた気持ちのまま、ホテルで僕は、モウラに抱かれた。――モウラは、優しかった。
「…僕の…体って、性奴隷の、…正直、すごく、…凄く汚い体じゃないですか、――だから聞いたんです、…こんな体でもいいのって…、本当に、抱いてくれるのって……」
「…………」
「…そうしたらモウラは、そんなことない、ユンファの体は綺麗だよって。…馬鹿なんだよな、本当、…僕……――そのあと、生まれて初めて、…っ好きな人に、優しく抱かれて……」
彼の丁寧な愛撫に、モウラへの熱い想いに、僕の体は反応した。――嬉しかった。
初めてセックスで優しくされた。僕のナカを穿っているモウラの背中にしがみついて甘えた僕に、彼は、甘く微笑んだ。――「綺麗だよ、ユンファ」…と。
泣いてしまった。――あまりにも嬉しくて、幸せで。
「…そうやって…僕を優しく抱いたあと、モウラは言ったんです、――“君を自由にしてあげる、いつか絶対、一緒に逃げよう”って…、二人で、逃げようって……」
正直、幸せだった。
モウラとなら、結婚しても構わないとさえ思っていた。
いや、むしろ…僕は優しいモウラと、結婚したかったのかもしれない。――モウラなら、僕を救ってくれるのかもしれないと、…僕はそんなありえない、馬鹿げた夢を見ていたのだ。
「…でも、モウラは…――ある日、突然…」
しかし――その幸せは長く続かなかった。
続くわけもない。――優しかったモウラは、あるとき焦った顔をして、僕にこう言ったのだ。
「…二人で逃げるために、…金がいるだろって…――それで、借金してしまったんだって言ってきて……」
「…………」
「…でも、悪いところで借りてしまったから、追われているから、…僕を巻き込むわけにはいかないから、――もう、僕とは会えないって…」
そうモウラに言われた僕は――つい、『…僕にできることはない?』と、そのように口走ってしまった。
この辛い日々のなかで、僕に優しくしてくれるモウラは僕にとって唯一の光であり、救いだった。――神様みたいだと、本気で思っていた。
「…それで、僕にできることはないかって聞いたら、――一枚の紙を、見せられて…、…っ」
するとモウラは、一枚の紙を取り出した。
モウラは『…申し訳ないんだけど、ユンファ…』と、僕にそ の 契 約 書 を差し出してきた。
それは、そうだ。
「…それが…“DONKEY”の、雇用契約書だったんです…」
僕がモウラに差し出されたものは、オメガ専門風俗店『DONKEY』の雇用契約書だった。
期間は一年。――モウラの貸し付けを『DONKEY』の店長が肩代わりする代わりに、オメガである僕がこの店で働く、というような内容だった。
「…僕、そのときにやっと、わかったんです…――自分が、騙されたんだって…、結局、モウラも僕のことを、都合のいい道具として見ていたんだって……」
やけに用意周到だった。
それて気が付かないはずがない。――僕は、ショックで呆然としてしまったが。…それでもまだ、僕は。
「…でも僕、はじめは…ごめん、それはできないって断ったんです…、…でも、モウラは…」
『じゃあユンファは、もう僕に会えなくてもいいの?』
そう言ったモウラの顔は、僕がここまでに一度だって見たこともない、酷く冷たい顔だった。
「…もう自分と会えなくてもいいのかって、――正直、そう言われると揺らいでしまって、……でも、…でも僕、それでもできないって……」
それでも僕は、断った。
『ごめん、それは本当にできない。無理だよ』――そう言った僕を、…モウラは。
「そうやって断ってたら…――モウラは、いきなり…僕を殴ってきて、…」
優しかったモウラが豹変し、僕は気が動転した。
一瞬どころか、…しばらく、何が起こったのかわからなかった。――モウラに殴られたみぞおちが痛い、苦しい、と、僕はその場にしゃがみこんだ。
「…その場にしゃがみこんで、…でも、モウラは上から僕を殴り続けてきて、――“お前のために借りた金なんだけど、お前が働いて返すのは当たり前だろ”って…」
『…お前のために借りた金なんだけど。お前が返すのが筋じゃね?』――僕は自分の頭を腕で庇いながら、『で、でも、…っや、やめて…殴らないで、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい、お願い、やめて…っ』と、…モウラに泣きながら懇願した。
するとモウラは――僕を殴るのをやめた。
いや、僕はそのとき――や め て く れ た と思ってしまった。…自分の気持ちがモウラに通じたんだと、また馬鹿な勘違いしてしまったのだ。
「……それで…やめてって言ったら、僕を殴るのを、やめたモウラは……」
『殴ってごめんね…、俺も悲しくてさ、だって、二人のために借りた金なのに、ユンファがそういうこと言うから――ねえユンファ…、ユンファがここで働いてくれたらさ、一緒に逃げられるんだよ…? お前と結婚したいんだ、俺……ねえ、二人で頑張ろうよ』
「…“ここで働いてくれたら、一緒に逃げられるんだよ”って…――ふふ…、僕と結婚したいんだって…、二人で頑張ろうって、嘘をつかれて……」
それで――馬鹿な僕は、サインをしてしまったのだ。
「…そういう感じで僕は…、“DONKEY”で働くことに、なったんです…――。」
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