さらにいって――悪いことに、オメガ排卵期中のオメガの体からは、ムッと強烈な“フェロモンの香り”が香ってしまうのだ。 　そもそも僕らオメガの体臭は、他の種族とは違って、果物や花のような甘く良い匂いなんだそうだが…――まあ人によってその体臭には個性があるものの、だいたいのオメガは、自分の体臭がどのようなものなのか判然としていない人が多い（ちなみに、僕は桃のような匂いとはいわれるが、やはり僕も自分ではわからないし、自分が汗臭い、という感覚もある）。 　 　しかし、他の種族にしてみると僕らオメガの体臭は、嗅げばすぐオ(・)メ(・)ガ(・)だ(・)と(・)わ(・)か(・)る(・)ものなんだそうだ。――そして、オメガ排卵期中のオメガ属は、そのオメガのそもそもの甘い体臭に、バニラやミルク、ココナッツなどの濃厚な甘い匂いが付け加えられたような、いわば甘ったるい香りを強く漂わせている。 　 　その香りこそが、オメガ排卵期中のオメガの体から香っている――“フェロモンの香り”、である。 　しかも、あまつさえその香りは濃く強烈であるとされ（るのだが、実はオメガ本人は鼻が慣れてしまうのか、初日以降はあまりよくわからない）、それこそ教室に、そのオメガが一人いるだけですぐ全員が「オメガ排卵期中のオメガがいる」とわかってしまうほど、強く濃いフェロモンの香りを漂わせてしまっているらしいのだ。 　 　それも、初日はまだほんのりながら、二日目〜六日目までは常に濃く香らせており…六日目の終わりごろから七日目にかけて、そのフェロモンの香りは、徐々に弱まってゆく感じである。 　 　更にいって――オメガ排卵期中に香る、その強いフェロモンの香りは、他者の性欲を煽るものらしいのだ。 　それに種族や性別は関係ないが、その中でもやはり女性より性欲が強いとされている男性を、特に誘惑してしまうらしい。――もっといえば、鼻が狼並みに良いアルファ属の性欲を、特に煽ってしまうものだとか。 　 　とはいっても、なのだ。 　その実、実はそこまでのことではないと、近年になってやっとそうした研究結果が出ている。 　つまりオメガ属のフェロモンは、嗅いだ者の理性崩壊を招くようなレベルのものではなく、コントロールできないほどの凶暴性や、（性的な）衝動性を生み出すものではないらしい。――ある臨床実験では、オメガ属のフェロモンを嗅いだ十人の男性のうち（ベータ属、アルファ属の健康な二十〜六十代男性、単純にフェロモンを嗅がされただけであり、目の間にオメガがいない状態）、その全員が性欲の高まりを感じはしたものの、三人は性交が可能なほど勃起したが、ほかの七人は完全に勃起しなかった（性交が可能なレベルの勃起状態にはならなかった）、とのことだ。 　 　また別の臨床実験では、三属性の男女三十人が、オメガ属のフェロモンを嗅がされた状態で、そのフェロモンの持ち主であるオメガの顔写真を見せられた（なおハイネックを着ており、顔以外の肌はまったく見えていない）。――すると目の前にいない（写真）であっても、そのオメガのことが一時的に“性的な魅力”に溢れているように見え、一時的に恋心を抱きやすくなった。 　なおそれは、オメガ属の男女どちらもで試したそうで、どちらかといえばやはり、オメガ女性のほうがそのように見られやすかったものの、ほとんど差異はなかった。――また臨床者の性別も、男性のほうがそのような傾向が強かったが、女性においても魅力的に見えた、と答える人が多かった。 　 　また、鼻が良く効くアルファ属が優位に、そういった魅力を感じやすいとの結果であり――続いてベータ属、とはなったが。……オメガ属は逆に、ほかのオメガのフェロモンを強く感じ取る一方で、その香りを“嫌なにおい”だと感じるそうだ。…当然顔写真においてもオメガ属は、ほとんどの人が魅力的だとは感じなかったとか。 　 　それから、フェロモンを嗅がせた状態で、そのフェロモンの持ち主ではないオメガの顔写真を見せても、そういった魅力を感じることはなかった。――つまり、フェロモンとオメガ本人は紐付けられており、それを嗅いだ他者においてもその判断が本能でできるらしい。 　 　そうして…たしかに生物学上は、“他種族（主に男性）”を性的に誘(・)う(・)ためのものではある。――ただし、その臨床実験でも判明したことがある。 　 　端的にいえば、「このオメガとセックスをしたいと思うか？」という質問を、五段階評価にして臨床者に答えてもらうと――最大スコアの「とてもしたい」、「したい」と答えた人よりも、「まあしたい」、「まあまあしたい」と答えた人のほうが、圧倒的に多かったのだそうだ。 　 　つまりこれらの臨床実験によって、オメガ属のオメガ排卵期中に香るフェロモンには、苛烈な性的衝動を煽るほどの効果はない、と証明されたのである。 　 　しかし――この臨床実験の結果は、海外で発表されたものだ。 　つまりこのヤマトでは、いまだその事実を認識していない人が多いのだ。