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             そのため…たとえばいまだに、オメガのフェロモンを、強姦なんかの性犯罪の言い訳にする人はあとを絶たない。  僕らにしてみれば、かなり迷惑な話だ。が――残念ながら僕らオメガ属は、しばしば他種族に強姦される。…そしてその際、犯人の言い訳に「フェロモンを香らせていたから我慢できなかった」、をよく用いられてしまうのだ。    もちろんヤマトでも、相手がオメガ属であろうがなんだろうが、たとえそのオメガがオメガ排卵期中であろうが、強姦は立派な犯罪だ。    ヤマトでは近頃になって種族平等、性別平等、どのような人の人権も保護するべき、という意見が声高に叫ばれているおかげで、最近においては「オメガのフェロモンのせいだ」、つまり…――被害者であるオメガにも悪いところがあったんだ、自分を誘ったんだ、なんていう苦しい言い訳にも、情状酌量は成されなくなってきた。  とはいえ…――昔は()()()()()がまかり通ってしまった時代が確かにあったので、オメガを強姦した犯人たちはいまだに、「オメガも悪い」と口にする。    そもそも…いくら世の中が“オメガも他種族と平等な存在”だと()()()()見なしていようと――結局僕らオメガ属は、ヤマトの多くの人々にとっては根深く、“淫蕩な種族”だと思われている。    ――今の時代のオメガは、抑制剤で抑えている人がほとんどだが――僕らオメガ属は、オメガ排卵期中にフェロモンを強く香らせてしまうせいで、風邪をひいて鼻を詰まらせている人でもない限りはつまり、誰からしても、()()()()が明らかになってしまうことは事実なのだ。    つまり僕らは、たとえ口ではっきり言わずともその独特のにおいで、「今自分はオメガ排卵期中です(もっと悪く言えば、自分は今発情してムラムラしています)」と、世の人々に示してしまっているようなものなのだ。  そのせいで…月に一度、ムラムラしてたまらないから見境なくセックスの相手を誘っている、しかも、その期間中にセックスをすれば確実に妊娠する、孕みたがりの発情期が月に一度もくるような、セックスのことしか考えていない、わいせつで淫靡な、馬鹿オメガたち――と…思われているのだ。    すると世の風紀を乱すとか、子供の健全な育成を邪魔するだとか、そのように言われてしまう。――それこそオメガ属の少年少女は、以前まで目の上のたんこぶ扱いを受けてきた人も多く、学校側から入学拒否をされた人までいたそうだ。…今は人権団体が訴えてくれたおかげで、そういった例は限りなくゼロになったそうだが。    他の種族は、僕らのこの“生理的な甘ったるい体臭(フェロモンの香り)”を、“(他種族を無差別的に誘っている)淫蕩な種族の証拠”と捉えている人も多くいる。――それは、たとえ一度も嗅いだことなどなかったとしても、そもそもそのフェロモンの香りを漂わせる体を持っているオメガ属を(あるいはその独特な女性器を持つオメガ属を)、そのように言う人が、このヤマトには多くいるのだ。    ちなみにオメガ排卵期中、他種族に僕らの性欲発散の相手を務めてもらうことを、隠語で“風俗”と呼ぶ。  たしかに、どうしてもその期間中のオメガ属はムラムラしてしまうため、そうして他種族にみずから“風俗”を頼む人もいるそうだ。――そう、たしかに自分から“風俗”を頼むオメガが存在するのも事実ではある。――が。    社会的に地位の低いオメガは、オメガ排卵期中にレイプされたあと、レイプ犯に脅されて「“風俗”をやってもらいました」と言わされているケースも存在している。    しかも、犯人側はたいがい「むしろムラムラしているオメガに“風俗”をやってやったんだから、有り難いくらいだろう」と考えている者も少なくない。――つまり、オメガの家族や社会的な影響を人質にし、その犯人たちは犯罪を逃れているということだ。    そうして家族や、家族の社会的な地位を脅かされるくらいなら、と犯されたオメガは泣く泣く「風俗でした」と言ってしまう人が多い。…もちろん、脅迫としてそれも犯罪行為とはされるが、残念ながら“風俗犯罪”はあとを絶たない。    犯人にしてみればタダでオメガ排卵期中のオメガを犯せる上、罪にも問われないのだから、ずいぶん美味しい話なのだろう。    しかし、僕らは――このフェロモンの香りを、オメガ属は別に、意図的に香らせているわけではない。…ましてや抑制薬で、そのフェロモンの香りは(嗅覚の優れたアルファはともかく)ベータ属やオメガ属が感じ取れないほどまで、抑えることだってできる。    それでも人々は――僕たちの体を、性的な対象としてしか見てこない。…それはシンプルな意味合いでもあり、あるいは迷惑な、とつく意味合いであることもある。    そもそもが淫蕩な種族である僕たちならば、性的搾取をしても当然、当たり前――むしろ、それがお前たちの役割であり、人生の喜びであり、オメガ属としての運命である。  それでなくとも出来損ないで、非力で何もできず、頭も悪く、社会に迷惑をかけているだけの存在なのだから、お前らは全員、夜の世界の掃き溜めにいるべきだ。        そんなわけ、ないだろう。       

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