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「…………」
もし、本当にソンジュさんが――あの“カナイ”さんであったら、僕…そうなったらカナイさんと、“運命のつがい”ということに、なるのか、いや正直、なら僕はたしかに、やけに彼に惹かれて、たしかに僕、暗闇にぼうっと浮かんだカナイさんの、あの青白く発光した瞳に恋をして…――と、そこまで思考を巡らせたころ。
痺れを切らしたように沈黙を破ったのは、ソンジュさんであった。――さっきから僕に「どうどう?」であった彼は僕が黙り込むと口を閉ざし、そして考え込んでいた僕のことをじーっと見て、…僕の、何かしらの返答を待っていたようだ。
いや、沈黙を破るとはいえまずは話しかけてきたのではなく、ソンジュさんはまた僕の両手を、その大きな両手で包んできた――僕が手に持っている『“運命のつがい”証明書』がグシャッとなったのだが(大事なものなのでは)、…それは、いいのだろうか?
そうしてからソンジュさんは、何か意思の固そうな低い声で。
「――ユンファさん。ということですので。」
「………、…」
いやしかし、ということですので、と言われても――どういうことだ?
ソンジュさんはその淡い水色の瞳をキラキラさせて、期待の眼差しを僕に向けてくるのだ。
「…私の家に、来てくださいますよね。」
「……、…?」
え、いや、――なんで、そうなるんだ?
僕は理解が追いつかないと、ソンジュさんのそのやけに爽やかな笑みをただぼーっと見ている。
「…いえ、私たちは“運命のつがい”なのですから。すなわち私たちの運命は、共に在るべきかと。」
「……ぇ…はあ、…えっと、…」
だから、そもそも、そうだとしても、――なんで僕が、それでソンジュさんの家に行くことになるんだ?
いや、仮に僕とソンジュさんは事実、“運命のつがい”であったとしよう。――だとしても、それで…なぜ。
真顔でじーっと見つめられている。…圧がすごい。
「…………」
「…………」
この圧は困るな――なぜソンジュさんの家に、僕が…?
それこそ僕ら、別にだからといっても付き合ってさえいないというのに――なぜいきなり、僕が彼の家に転がり込む展開になるんだ? それこそ僕を助けてくださるにしても、ほかに方法はあるのでは…というか、「私たちの運命は共に在るべき」って、よくよく思えば…間違えたら、プロポーズみたいじゃないか。
「…………」
「……、……」
どんどんソンジュさんの目が鋭くなってきた。
まるで獲物を捕らえようとしている獣、いや狼、…いっそ僕を睨みつけてくるようだ――と、僕は思わず、顔を下へそむけた。
「…………」
「…、…、…」
だいたい、僕はこれでもけっこう混乱しているのだ。
なぜか美形の視覚障がい者の方に手を触られまくって舐められて、いろいろ言い当てられたと思ったら取材とか言われて明け透けに自分の過去やら心の傷をあきらかにし、かと思いきやその人は実は盲目じゃありませんでした?
しかもその人は、ヤマトのアルファ属のなかでも一番偉いあの九条ヲク家の人でした、あと僕はその人の策略によって知らない間になぜか『DONKEY』を辞めているし、そんなこの謎の紳士に「私たちは“運命のつがい”でした、どう?」とか、今まで僕の中じゃ正直ファンタジー扱いであった“運命のつがい”の証明書を見せられて?
いや、もしか本当に僕らが“運命のつがい”なのかも分からないが、しかももしかしたらこの人があの“カナイ”さんかもしれないわけで、でもカナイさんは身分証明書でもおそらくカナイさんであったわけで、ソンジュではなかったわけで、…――そんな混乱要素盛りだくさんな謎の美麗紳士ソンジュさんに「私の家に来てくれますよね?(借金は返してあげるしご両親の面倒も見ますよ)」――いや僕は本当に夢でも見ているのか?
情報量多すぎ、さすがに怒涛の展開すぎるだろう。
「……、…、…」
まずい、ここまでの展開を思い返してしまった、いよいよ僕の頭がパンクするぞ…――。
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